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自主・平和・民主のための広範な国民連合
『日本の進路』地方議員版27号(2005年5月発行)

「平成の大合併」の問題点をさぐる・浪岡町

民意を踏みにじられ中核市の「生けにえ」に

前青森県浪岡町長 古村一雄


 旧浪岡町(人口約2万1千人)は今年4月1日、青森市(約29万8千人)と合併した。合併直前の町長選が2月13日にあり、合併に際しての住民投票を主張して活動してきた「住民投票を求める会」事務局長で元町議古村一雄氏が出馬し、対立候補の前町長を破り当選した。合併までの限られた任期ではあったが、古村一雄町長は国、県、青森市と推進派議員の妨害をはねのけ専決処分で住民投票を実施した。住民の多数は合併反対なのに合併が既定事実として押し付けられた。町村に対して合併を強制した「平成の大合併」の問題点を浮き彫りにしている。古村氏にその激しい闘いの経過を聞いた。(文責 編集部)


住民投票を頑なに拒否し続けた推進派
 県は「青森県市町村合併推進本部」を設置し、平成14年2月弘前市を中心とした近隣14市町村の合併案を示してきました。その後、津軽出身の前県知事は5月に女性問題で辞任、南部出身の三村申吾知事になりました。この頃、青森市商工会議所は浪岡町との合併を提言しました。青森市も商工会議所の意向を受けて、浪岡町に申し入れを行いました。当時は県が示した枠組みを超えた合併ということでマスコミも取り上げ話題になりました。平成15年4月、浪岡町は住民意向調査を行います。結果は3分の1が合併反対、3分の1が青森市、3分の1が他の市町村との合併に賛成となりました。しかし、合併反対と回答した人にも、合併するとすればどこの市町村を選びますかとさらに設問をして、そこで青森市と答えた人も含めて45%が青森市との合併に賛成したと発表しています。加藤前町長はこれを青森市との合併を推進する口実にしました。
 8月3日、町議会議員選挙が行われましたが町長はこの選挙で争点になるのを避け、選挙後の8日に青森市との合併計画を発表しました。
 9月の町議会から青森市との合併の是非を問う議論を始め、私たちは社民党、共産党、それから旧木村知事系の保守議員も加わり「住民投票を求める会」準備会を結成しました。12月議会で住民投票条例案が推進派によって否決されました。「住民投票を求める会」は平成16年2月から条例制定の署名運動を始めました。この運動は「合併反対」ということでなくて住民の民意を合併の選択にしよう、投票結果が合併賛成が多数であれば賛成しますよと訴えました。浪岡町有権者17000人の請求に必要な署名数の50分の1は400人も要りませんが、町長リコールや議会解散を意識して、あくまでも3分の1以上を集めようと、2月、3月署名運動に取り組んで有権者の4割以上、8003名の署名が集まりました。
 5月17日、臨時町議会ではまたもや住民投票条例案が否決されました。

町長リコール成立、町長に選ばれる
 私たちは議会開催と町長リコールのどちらを請求するか選択を迫られました。議会は改選されて一年未満なので、8月4日までリコール請求が出来ない。また、6月に参議院選挙があり、町長リコールを選択したとしても署名運動が中断されることになるので結論を8月に持ち越しました。
 その1カ月半くらい、浪岡町38町内会の半分ぐらいの町で毎晩、多いところで30人、少ないところでは10人位で町内会毎に町長リコールをやるべきか、議会を解散すべきか地区懇談会を開催しました。討論を集約して、町長のリコールを請求することが決まり、署名運動を開始しました。
 一方、推進派は10月26日に町議会で合併議決をして27日に申請をしました。県は同日に受付その日のうちに総務省に協議書を出し、11月に県議会の開催・議案の提出にこぎつけるという「できすぎた」合併の手続きでした。本来議長が調整すべき会議録を町長部局が一方的に作成して次の日に知事に合併を申請していく、しかもこの会議録は一晩で作れるものではない、青森市の会議録は可能か分かりませんが、浪岡町は一問一答式で丁々発止と津軽弁丸出しでやっている議会なので、とても一晩で作るのは無理な話です。
 10月30日、7072名の署名簿とともにリコール本請求。12月26日解職投票が行われ加藤町長は解職賛成7千対反対4千、3千票の大差で失職。
 県議会は解職投票結果が出る前の12月16日に同合併議案を賛成多数で議決、同日中に知事は合併決定書を佐々木誠造青森市長と加藤町長に交付しました。1月18日総務省は合併処分をします。
 町長が辞めさせられた以上、助役も辞職すべきだと申し入れましたが、この助役は職務代理者として残り、後の問題となる行動をしています。
 町長選では『住民投票を求める会』の事務局長を務めた私が立候補すべきだという声が高まり、健康面等でいろいろ不安がありましたが、立候補を決意しました。2月13日の町長選挙では1500票差という町の選挙では大差で前加藤町長を破り勝利出来ました。
 この五カ月間に『住民投票を求める会』では21種類のチラシでほぼ全世帯の約6千世帯に合併についての問題点など情報を住民に伝えて来ましたが、このことが私たちへの信頼の源になったと思います。
 町長に就いて分かったのは、町長選直前の2月7日に浪岡町職務代理者の助役と青森市長が確認書を取り交わし、合併推進債を使って東北森林管理局青森事務所(青森市)の土地、建物を合併後の分庁舎として利用するため、8億2千万円で買う(うち浪岡町が5300万円を負担)約束がされていたことです。唖然としましたが、当然のこととして、私は合併を前提としたこの支出を拒否しました(結果的に旧青森市が全額負担することになった)。
 リコール投票を阻止するための買収事件も明らかになり容疑者として推進派町議の逮捕者が続出しています。10万円を貰って運動したとして買収容疑でこれまでに8名逮捕されています。
 逮捕は容疑事件から70日後で町長選を考慮したとしても、これだけ経ってからというのも不可解なことです。3月6日に2人、12日に1人、23日に2人、そして合併後も4月5日に3人逮捕されました。10万円を貰った推進派元町議はもっといるという噂があり警察の捜査が今後も続くと思います。

妨害はねのけ住民投票を実施
 私が町長になっても少数与党ですから、推進派は3月の定例会で前記東北森林管理局青森事務所跡地の予算執行を求める決議をしたり、私が任期中に住民投票を専決するのを阻止するため会期延長を28日までやろうとしたわけです。
 それに選挙管理委員会も町長の住民投票の委任は受けない、会期延長は有効だ、住民投票の専決処分は違法だと職務を拒否しました。総務省から天下ってきた青森県町村振興課長もさかんに新聞を通じて、会期延長は適法、専決処分は違法だと何回も繰り返しました。
 この間は波乱の議会で町長の私と推進側議員、議会議長と取っ組み合い寸前になったことが数回ありました。
 合併寸前の3月27日、町長の専決処分で住民投票を行いました。推進側は専決処分は違法だと棄権を呼びかけましたが、結果は投票率47%、合併反対が6845票、賛成が1097票、無効が95票でした。これだけの人たちが投票し、反対の意思表示をしたことの意義は重いと思います。

「平成の大合併」は地方分権に逆行し利権構造を助長した
 国は「地方分権」「自己責任自己決定」といいながら、合併に関しては住民の意思をおろそかにして、合併を推進するために特例法を改正しました。町そのものがなくなったり、大きく変わる「合併」について住民・有権者は町長や議員に対して白紙委任したわけではありません。住民投票を基礎にすべきです。直接民主主義と議会制民主主義との関係では、議会がより住民の意見をとりあげる努力をしないと民主主義は形骸化します。浪岡町の合併問題はこのことを問う運動でありました。
 「平成の大合併」は実際は地方分権に逆行し、形を変えた国の中央集権の再編そのものであり、もう一方では利権構造を助長しました。青森市も浪岡町も公共工事を出せる余力がない。合併特例債に頼り利権構造を維持し、中核市実現のために浪岡住民が生けにえにされました。
 4月24日、合併後最初の市長選が行われ私たちが推した候補者が残念ながら敗れ、佐々木旧青森市長が新市長になりました。しかし、青森市議になった旧浪岡町議が絡む買収容疑で逮捕者が続出しています。逮捕された議員達は青森市長の新年会、市長選の決起大会などには出席し握手を交わす仲であるにも関わらず、青森市長は「コメントする立場にない」という無責任ないい方をしています。
 私は3月31日、町長として最後の挨拶でも述べましたが、一連の「平成の浪岡動乱」は公約の合併撤回はならなかったが、住民投票で今後の「分町」に向けて合併反対の浪岡町民の民意を示すことができた。その意義は大きいと思います。

最近の略日誌

2004年
9月19日 「住民投票を求める会」が7718人分の署名簿を提出し合併推進の加藤新吉町長の解職を請求。
10月13日 青森市と浪岡町合併協定書に調印。
26日 同市と町臨時議会で合併関連議案が議決。
30日 「住民投票を求める会」7072名の署名簿とともに合併推進の加藤新吉町長の解職を本請求。
12月16日 県議会青森市と浪岡町の合併議案賛成多数で可決。
26日 解職請求に伴う住民投票開票、賛成約7千票と反対4千票、大差で加藤新吉町長失職。
2005年
1月18日 総務省官報で青森市と浪岡町の合併官報告示。
8日 町長選告示 前町議の古村氏と加藤前町長立候補。
2月13日 町長選投票 古村氏当選。
3月6日 推進派町議2名が買収容疑で逮捕、12月に行われたリコール請求を阻止するためにそれぞれ10万円を受け取った容疑(以降3月に3名、4月に3人が逮捕)。
16日 住民投票条例8対8(町議の逮捕で合併推進派と反対派同数になった)議長裁決で否決。2003年12月より5度否決される。
27日 古村町長専決処分で住民投票を実施、選管職員は業務拒否、他の職員で執行。合併反対6845票、賛成1097票(投票率46.99%)。
4月1日 青森市と浪岡町合併し新青森市発足。
24日 新青森市長選、佐々木市長(旧青森市長)が当選。旧浪岡住民の意思尊重を掲げた奈良岡候補は敗れる。
27日 加藤旧浪岡町元町長、自らの解職を阻止するための買収容疑で逮捕。この事件での逮捕者は合計9名になった。