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自主・平和・民主のための広範な国民連合
『日本の進路』地方議員版18号(2003年2月発行)

地方分権のゆくえ

須見正昭(専修大学講師)


 地方分権改革推進会議が2002年10月に「事務事業の在り方に関する意見―自主・自立の地域社会をめざして」を出した。改革推進会議の設置に際して、地方六団体は、地方分権推進委員会が「我が国の地方自治の歴史に残した画期的成果を継承し、更に一層推進、具体化させるよう期待するものである」といっていたのだが、地方の事務事業見直しの最終報告を見て、「今回の報告は財政的な側面ばかりに目を奪われ、自治を豊かにする視点が欠落している」「見通しと財源は表裏一体のはずなのに報告は税財源の方向性をまったく示していない」「地方分権にもっと力を入れるべきだ」等々と、地方自治体の評価はかんばしくない。
 地方分権については、78年に長洲神奈川県知事が、「第1回地方の時代シンポジウム」で、日本が選択すべき新しいビジョンとして、「地方の時代」を提唱し、政治や行財政システムを参加型分権制に切り替えるだけではなく、生活様式や価値観の変革をも含む新しい社会システムを探求し、構築していくものでなくてはならないと主張した。また、この流れに沿った自治体の活動も、いろいろと見られるようになった。人々はこれを時代の流れと受けとめたのである。
 この流れを受けて政府は地方分権推進法を策定し、これに基づき地方分権推進委員会を設置し、分権改革をした。しかし、これは言葉だけの分権で、その実態は装いを新たにした集権型国家体制であり、その矛盾が市町村合併、構造改革特区、中小企業政策(とくに金融)など、国と地方は鋭く対立せざるを得ないところに追い込まれている。「地方分権」という言葉で実態を覆いかくせないところまで来ているのである。この小文では地方分権を推進するとして、政府は機関委任事務の廃止ほか、多方面にわたって改革したが、これは単に言葉のすりかえで、実は戦争のできる中央集権をめざしたものなのである。地方分権では戦争をしたくても出来ないし、日本国憲法下では、平和をきずくしくみが組込まれている。それを突き破るのが現在の動きであるといってよかろう。ここにポイントをしぼってとりあげたいと思う。

 機関委任事務制度の廃止

 機関委任事務は、明治21年(1888年)市制町村制で市町村長の所掌事務を国政事務と公共事務に区分し、国政事務については、市町村長が国の機関としての立場で執行し、内務大臣、知事及び郡長の指揮監督を受けた、中央集権体制を支える大きな柱であった。従って第二次大戦後は、しばしば改正の論議がくり返されてきている。
 第9次地方制度調査会(昭和38年)は、機関委任事務という考え方は国優先主義をとる旧制度の残滓であるとして「国有事務、委任事務の区別は、地方自治法制定に際し当然廃止されるべきものであったのであり、地方行政委員会議の勧告も、そのような前提に立ってなされていたのである。この際、法制上からこの概念の区別を廃止し、都道府県の責任において処理する事務は都道府県の事務、市町村の責任において処理する事務は市町村の事務と、端的に考えることとすべきである」とし、「委任事務という概念が廃止されることに伴い、従前の機関委任事務とされていたものの多くは、自治事務として議会の審議にかからしめ、住民の意思を反映して処理させることにすべきである。さらに、従来、機関委任事務については、一般に国が当然に権力的関与を行うものとされていたが、これを改め、それぞれの事務について必要な関与の態様を検討すべきである」と答申している。
 さて、自治法改正は、機関委任事務を廃止し、自治事務と法定受託事務とした。自治事務は、法定受託事務以外のものとし、法定受託事務は二分し、第一号法定受託事務は都道府県や市町村が処理する事務のうち、国が本来果たすべき役割に係るもので国がその適正な処理の確保をする必要のあるもので、法令に特に定めるものであり、第二号は市町村などが処理する事務のうち、都道府県が本来果たすべき役割に係るもので、都道府県がその適正な処理の確保をする必要があるもので法令に特に定めたものである。
 これは先に述べた国政事務と公共事務に区分した発想と、どれほどの開きがあると言うのだろう。しかも自治事務のウエイトが当然大きく8割くらいと思われていたのが、各省の圧力で次第に小さくなり、56%が自治事務、44%が法定受託事務となってしまった。また都道府県と市町村は、従来は横ならびの自治体であり、都道府県は市町村を包括する広域の自治体であるという性格から、広域にわたるもの、統一的な処理を必要とするもの、市町村に関する連絡調整に関するもの及び一般の市町村が処理することが不適当であると認められる規模のものを処理することになっていた。ところが第二号法定受託事務で、上下関係に置きかえられたのである。表面的には「対等・協力」関係といいながら、国・都道府県・市町村は、上下のピラミッド体系であることが、より鮮明になって来たといえよう。機関委任事務の廃止に伴う事務区分の再構成については、割愛することにする。

 国又は都道府県の関与等

 国と地方の関係を、上下・主従関係から、対等・協力関係に転換する、その重要な方策の一つとして、国の地方に対する関与がとりあげられた。そして、法的根拠のない行政統制をやめ、「関与法定主義」の原則を打ちだした。ところで、まず最初に、地方自治法第十一章第一節の「普通地方公共団体に対する国又は都道府県の関与等」という表現であるが、「おや?都道府県は普通地方公共団体ではないのか?」と奇妙な思いにとらわれてしまう。機関委任事務の廃止を声高に叫び、例えば「市町村長は都道府県知事及び主務大臣の指揮監督を受ける」という法第150条(及び第151条)を削除しながら、同様の権力的関与を定めて条項を新設する。自治事務についても、とくに法令で定めのある事務については、事前協議・合意・是正措置要求・指示などの拘束性の強い関与形態を残した。広範な関与形態の法的な追認をしたにすぎないのである。
 国・都道府県・市町村の三段階で、市民に最も身近なものは市町村である。都道府県は中間団体で、国が最も遠い存在である。私たちは、どの行政事務はどこの分掌であると、正確につかんで、それぞれの所へアクションを起こすというより、ともかく市町村役場に駆け込むというのが普通である。ところで国は政官財の鉄のトライアングルという言葉が象徴しているように、財界には極めて近い。一握りの権力を持つ者と、多数の権力を持たない者の群といえよう。そして省庁によって差はあるものの、意識の面で、天皇の官吏時代とどれ程の変化があるのだろうかと思わせるところが、地方自治体を統制し、誘導しようというのである。その有力な手段として、起債許可制度、国庫負担金、地方交付税制度などを一体として、税財政制度を用いてきた。これは彼等にとって何が何でも手放すことはできないのである。地方のベテラン公務員が、生活者の視点で、思いあぐねる問題に直面し、国に法解釈を求めると、学校を出て、社会経験も十分でない者が、前例など書類をひっくり返しながら答えている。有権解釈とやら言うのである。これは全くコッケイな事態であり、悲劇というしかない。
 一つは市町村の実情を、一日で見てまわっても、三千数百の自治体を一巡するのに、十年はかかる。十年たてば世の中は変化してしまうのである。にもかかわらず、地理的なことも、社会的ないきさつも十分考えないで、机上で線引きをするのだから、トンチンカンなものが出てきても仕様がない。
 国の誘導政策に従って、第三セクターを作り、大型開発を進めたものの失敗し、財政的なピンチを切り抜けようとして、教育や社会福祉行政を圧迫している自治体も少なくない。第三セクターはつぶれないという安全神話が崩れてしまい、信用を失ってしまった今、どのような制度を導入してみても、うまく機能するはずはない。
 国は余計な事をやらないで、地方が自立できるよう、事務配分、税財政、権限をもたせるなどすればよいのである。地方の手足をしばっておきながら、満足に踊れないから、手をさし出すというのは、大きなお世話である。

 行政改革の流れ

 ところで過去をふり返ってみると、地方行政調査委員会議(1950年)の勧告では、「地方公共団体が事務の処理を怠る場合又はそのやり方が適切でない場合等の弊害は、本来当該地方公共団体の住民が選挙もしくは各種の直接請求制度の手段を通じ、又は世論の喚起により批判し、是正すべきである。法秩序の維持は、最終的には司法制度によって保障するものとし、国は、性急な関与を戒め、住民の自主的な批判の喚起をまつ寛容さをもつべきであろう」と述べ、地方自治の基本理念を明示し、また、「国の地方公共団体に対する関与の方法としては、許可、認可、承認、命令、取消、変更、代執行等のいわゆる権力的な監督は、原則として、これを廃止すべきである」としている。
 歴代内閣は、行政改革を重点施策の一つとして位置づけてきた。そして調査会などの答申は、臨調までは概して民主主義、地方自治をものさしとして見た場合、前向きのものが多かった。それだけに臨調をフォローアップした行政監理委員会が、新しい課題をとりあげたいのだが、「行政改革の現状からみれば、今後積極的・前向きの改革を進めていくための前提として、行政改革の基本事項や基本的姿勢等について従来つねに主張してきたところを、なお繰り返し政府に要望することが必要であると考える」と述べているように、政府は答申を見向きもしなかったのである。第二臨調も、鈴木内閣のもとで発足したときは、自然増収が見込めなくなり、「大型間接税などの導入を国民は許さないとすれば増税なき財政再建を目指すしかない。そのためにも行政改革をやらねばならない」といってスタートしたのである。いま消費税は税率3%から5%にあがり、さらに来年から毎年1%ずつ引上げて、16%にすると論議されつつある。全く隔世の感を禁じえない。しかし、中曽根内閣になって、流れがすっかり変わって反動化があらわになってきた。そして新行革審の最終答申の「臨調、行革審九年の成果とその評価」に示されるように、行政改革の提言は、「幸いにも国民の広範な支持をうけ、政府もこれを最大限尊重してその実現に努めてきた。その結果、これまでかなりの成果を挙げることができた」といって自賛している。現在はこの反動的な流れに沿って展開されているのである。
 駐留軍用地特別措置法改正で、駐留軍用地等の使用または収用にかかる事務が、国の直接執行事務となった。また周辺事態法第九条に、関係行政機関の長は「地方公共団体の長に対する権限の行使について必要な協力を求めることができる」とあるが、政府の要請に対して、自治体は非協力宣言をすべきだ、と市民の間から声があがり始めると、政府は同法施行を前に99年8月「国から米軍への協力を求められた自治体は、議会や住民の反対を理由に協力を拒否することは認められない」とする閣議決定をしている。
 地方自治など歯牙にもかけぬという態度である。市民は、自分たちのまちの首長を選んだが、中央政府の当該市町村の出張所長を選んだつもりはない。しかし政府は首長を国の機関としてしか見ていないのである。
 改革という言葉を用い、それに反対する者はすべて抵抗勢力ときめつけてしまう。しかしそれが通用し続ける程事態は甘くはない。言葉だけの地方分権か、内容を伴った地方分権かを選択する岐路に、いま私たちは立っている。