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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2007年11月号

いま、日本の牧場がピンチです

中央酪農会議事務局長  前田 浩史 氏

 
 日本は高度成長と食生活の洋風化などにより、牛乳・乳製品の消費が戦後、急速に拡大しました。牛乳・乳製品は、牛乳やチーズなどの形で直接飲んだり食べたりするだけでなく、ケーキやパン、菓子や冷凍食品などの原材料として広く使われています。日本国内で消費される牛乳・乳製品の総量は、生乳に換算すると1200万トンを超えています。1200万トンと言ってもピンとこないと思いますが、お米の消費量が900万トンですから、その約1・3倍にあたります。このうち約850万トンは国内で自給し、残りの350万トンを海外から輸入しています。
 また、「日本人の食生活はカルシウムが足りない」とよく言われますが、カルシウムの43%は牛乳・乳製品から摂取されています。牛乳・乳製品は今日、量的にも質的にも国民の食生活に欠かせないものになっています。
 このように国民の食生活をささえてきた日本の酪農が、いま深刻な危機に直面しています。

 飼料価格の高騰

 その第1は、飼料価格の高騰による生産コストの上昇です。
 日本の酪農は戦後、牛乳や乳製品の消費が急速に拡大するのに対応して、急速に生産を拡大してきました。酪農は、人間が利用できない草を牛に食べさせて、人間が利用できる乳を牛につくってもらうことです。牛にたくさん草を食べさせることが、酪農生産の基本です。ですから、田畑に利用するのが困難な土地、傾斜地や開拓地を利用して、酪農が発展してきました。しかし、そのような土地も限られおり、規模を大きくして生産を拡大していくと、餌が足りなくなります。従って、餌を海外からの輸入にたよらざるを得なくなりました。一番効率がよいのがトウモロコシなどの飼料穀物です。それだけで足りず、乾牧草も輸入しています。
 その飼料価格が昨年から急上昇しています。飼料価格が高騰した原因の一つは、中国、インド、ロシアなどの急速な経済成長です。経済成長とともに、穀物から肉や牛乳・乳製品へ食料の需要構造が変化し、畜産が発展して、飼料穀物に対する需要が急速に伸びてきたのです。そのため飼料穀物の需給が逼迫し、価格が高騰しました。
 もう一つは、トウモロコシを原料にしたバイオエタノールの需要増大です。原油高騰や環境問題への対策として、バイオエタノールを使う動きが急速に広がり、トウモロコシの価格はこの1年で1・5倍近くになりました。さらに、原油高騰とも関連して、海上運賃がこの1年間に2倍になり、輸入穀物の価格を押し上げました。
 乾牧草の価格も3割以上あがりました。乾牧草の大部分は、オーストラリアなどオセアニアから輸入しています。そのオセアニアが100年に1回という大干ばつに見舞われたからです。この大干ばつは地球温暖化の影響だとも言われています。
 飼料費は生産コストの四割以上を占めるだけに、飼料価格の高騰は酪農経営を圧迫し、深刻な影響を与えています。

 牛乳の生産縮小

 第2は、牛乳消費量の落ち込みによる生産縮小です。
 国内で生産した生乳の約6割がそのまま飲む牛乳などの原料となり、残りがチーズやバターなどの乳製品の原料となります。飲用牛乳は保存がききませんから、100%国産です。海外との競争がないため、価格も比較的安定しています。他方で、チーズやバターなどの乳製品は海外からの輸入品との競争にさらされるため、乳製品向けの生乳は価格が安くなります。
 そうした中で、飲用牛乳の消費量は、2002年度の約505万トンから2006年度の約462万トンへ、4年間で43万トンも減りました。そうなると、比較的価格が高い牛乳向けの生乳が減り、残った生乳を価格が安い乳製品向けにしなければならなくなり、生乳の価格そのものが下がってしまいます。さらに、牛乳の消費が落ち込んでいますから、生産調整をせざるを得ません。価格が下がった上に、生産量を増やすこともできず、経営悪化に陥る酪農家も少なくありません。

 急増する酪農家の廃業

 第3は、酪農家の廃業が急増していることです。
 日本の酪農が本格的になったのは戦後からでした。酪農家戸数は年々増加し、1963年には41万7000戸を数えました。1戸あたりの乳牛数は1〜2頭で、ほとんどが小規模酪農家でした。これをピークに以降は減少を続けて、現在は約2万5000戸、1戸あたりの乳牛数は成牛で北海道が60頭ぐらい、都府県が30頭ぐらいになっています。酪農家戸数は減りましたが、大規模化が進んだわけです。
 これまでの酪農家戸数の減少は、高齢化したのに後継者がいないとか、生産条件が悪くて規模を拡大できないとか、コストを下げられないとか、そういう厳しい条件の方々の撤退によるものでした。他方で、生産条件が良く、意欲的な若い後継者に世代交代したところでは、規模を拡大しようとか、新しい生産方式を導入しようとか、頭数が増えれば環境に優しく糞尿処理対策の設備を導入しなければいけないとか、新しいビジョンで経営計画をたて、意欲的に取り組んできたのだと思います。
 今は戦後3代目ぐらいの酪農家、新しい若い後継者が登場しています。しかし、最近はこういう人たちの中にも、酪農をやめる動きが出ています。意欲的に取り組もうとしても、飼料価格の高騰で生産コストは上がる、生乳の価格は下がる、生産は伸ばせない、という状況では酪農経営の見通しが立たないからです。これまでと違い、比較的規模の大きな酪農家や若い後継者のいる酪農家の廃業が増え、今年7月の調査では廃業率が5%にはねあがっています。今年度は1000戸を超える酪農家が廃業すると思われます。飼養する乳牛の数も減少しています。
 これは非常に深刻な事態です。このままでは、国内における酪農の生産基盤が縮小し、生乳の安定的な供給も難しくなる可能性があります。

 事実に即した打開の道

 こうした状況に対して、海外の安い製品を輸入してくればいいではないか、と主張する人たちもいます。はたして、それで安定供給ができるのか、事実に即して考える必要があります。
 飼料価格の高騰は日本だけでなく、国際的に共通していることですから、海外でも牛乳・乳製品の生産量、生乳の供給力が弱体化しています。先ほど話したオセアニアの干ばつで、オーストラリアの牛乳・乳製品の生産量はがた落ちして、乳製品の輸出量が減少しています。もともと、乳製品の貿易量はあまり多くありません。生鮮食品で腐りやすく、国内での自給が基本だからです。貿易の中心はオセアニアとEUで、そのオセアニアが干ばつで輸出を減らしている状態です。EUも、これまでと違って国内での安定供給を重視し、輸出補助金を出して国際市場で値引き販売する政策を撤廃しました。EUの輸出力も小さくなっています。そういう中で、中国、インド、ロシアの牛乳・乳製品の消費量が伸びていますから、乳製品の需給は国際市場で逼迫しています。その結果、乳製品の国際価格は2〜3年前と比べると、1・5倍から2倍くらいになりました。粉乳類は日本の国内価格よりも国際価格の方が高くなっています。
 このように国際価格が急上昇する中で、海外への依存を高めることは安定供給につながりません。海外から安い乳製品が入ってくることを前提につくられた日本の酪農政策も、実情にあわなくなります。輸入に頼っていた食品企業は、海外から乳製品を安価で調達できなくなります。それどころか、いくらお金を積んでも乳製品がないという状況になるかもしれません。そうなると、国内で消費する1200万トンの牛乳・乳製品のうち、350万トンを海外から輸入している日本では、牛乳・乳製品市場が非常に不安定になってきます。そのとき国内の酪農生産が衰退し、供給力が乏しくなっていれば、牛乳・乳製品の安定供給が危うくなります。本当に厳しい状況になります。
 エタノール需要を契機にして逼迫している飼料の需給は、中長期的に続くと見られています。国際市場における乳製品の需給逼迫も、様々な研究機関が研究していますが、価格の上昇で乳製品の生産量も増えるだろうが、それを上回る海外の需要の伸びで、高止まりの状況は続くだろうといわれています。そうであれば、今の日本の牛乳・乳製品の市場の危機的な状況は、今後もしばらく続くということです。
 こうした状況に対処するためには、国内の酪農生産を基盤にして、牛乳・乳製品の安定供給を真剣に考える必要があります。私たちとしては牛乳・乳製品が日本の食生活の中にしっかり定着したものであるだけに、誇りを持ってこの安定供給に努めてきましたし、今後とも努めていきたいと思います。ただし、自分たち酪農家だけの力ではどうにもならないこともあります。正直言って、牛乳・乳製品の価格が、急騰する飼料価格などの生産コストをまかなえる適正な水準にならなければ、生産の継続は容易でありません。酪農家が生産する生乳の価格を適正なものにすることが、国内に依拠した安定供給にとって必要不可欠なことだと思います。

 さらに、自給率の向上へ

 今こそ食料の自給について考える絶好のチャンスではないか、と私は思います。国際分業で、食料も海外からの輸入で調達すればよいという議論がありますが、やはり工業製品と自然を相手にする農業製品とではギャップがあり、商品特性が異なります。例えば、牛乳は非常に典型的で、保存がきかず、いくらとっておこうと思ってもとっておけません。バターや脱脂粉乳は、冷蔵の状況にしてもせいぜい半年くらいしかとっておけないわけです。そういうものを安定的に供給するためには、国内で最低限の自給をする必要があります。最低限の自給がどの程度かは、商品特性によって違うと思います。
 今、アメリカやカナダ、ドイツ、イギリス、イタリア、ベルギーなどのEU諸国、オーストラリアやニュージーランドなどは、あいついで生産者乳価を値上げしています。これはここ30年間になかった状況です。アメリカやヨーロッパでは、牛乳・乳製品が非常に日常的な食品なので、電気や水道と同じように公益財だといわれています。そういう公益財については安定的な自給の体制を作っていく以外ないわけです。
 しかも、乳牛の場合は、種つけし子牛が生まれて成牛になり、妊娠して乳を出し始めるまでに、3年近くかかります。1年で収穫できる米や穀物よりも、さらに弾力的な対応が必要です。そういう商品特性も考慮して、最低限の国内自給を図っていく必要があると思います。日本における牛乳・乳製品の自給率は現在66%ですが、一番高かったときは80%ありました。私たちは少なくとも80%のレベルまで自給率を引き上げていくことが必要ではないかと思っています。
 私たちは、広く国民のみなさんに私たちの状況を訴えていくことを通して、牛乳・乳製品を含めて食料の自給、さらに農業のあり方についていっしょに考え、本質的な議論に深めていきたいと思っています。
       (談・文責編集部)