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映画紹介

〜90歳、いまも歩く〜
人間の碑(ひとのいしぶみ)

通行く人は、必ず振り返る。おしゃれなベレー帽に、レースのドレス、犬のアクセサリーがついたバッグをさげて、小柄な身体で力強く杖をついて歩く。
左目には、大きな眼帯。

ハイカラな人形のような杉山千佐子さん。
90歳(1915年9月生まれ)大好物は、鰻と穴子。歌が大好きで、熱心なクリスチャンだ。

六〇年前、日本は太平洋戦争でアメリカからの空襲を受け、焦土と化していた。そして、一九四五年三月二五日、名古屋空襲。

杉山さんは生き埋めとなり、左目を失い、全身傷だらけになった。運命の二九歳。それ以来、ずっと戦後を生きてきた。
杉山さんは、五〇代後半になった頃、民間人の空襲犠牲者の救済を求め、全国戦災傷害者連絡会を立ち上げた。以後、一貫して運動を続けている。全国各地を奔走し、空襲で手をなくし、足をなくし、ケロイドを負った仲間たちを叱咤激励する。

戦後六〇年を経て、仲間の数も減ってきた。
亡くなった人、寝たきりの人、歳をとり、もうあきらめた人…。

しかし、杉山さんは、歩き続ける。
「私たちに戦後はない!」
「私たちに老後はない!」
雨の日も風の日も、亡き友の千羽鶴を手に、歩き続ける。

大正、昭和と時代を生きてきた人間の記録。
九〇歳のハイカラな杉山千佐子さんの人生といま!
(クリエイティブ21の案内チラシより)

 「爆弾が落ちて、私は黒い瞳を奪われました。つぶれてしまった目は戻りません。残る右目も網膜剥離で視力が弱っています。
 私たちに戦後はないと叫び続けてきました。国は何と言ったか。内地は戦場ではない。お前たちは国と雇用関係がない。雨かあられのような自然現象と思ってあきらめろ。厚生省の局長がそう言いました。腹が立ちました。雨に濡れたらタオルで拭けば直りますが、焼夷弾に焼かれた皮膚、奪われた目、奪われた手、奪われた足は戻ってきません。
 五十八年間、みんな地をはうようにして生きてきました。だんだんと仲間は死に絶えました。訃報を聞くたびに苦しくなります。しかし、みんなの霊が私に乗っている。私はどんなことがあっても戦時災害援護法制定まで頑張らなくちゃならない。沖縄の言葉でチバリヨ!」

(1998年愛知県で開催された第6回全国総会での杉山千佐子さんの発言。杉山さんは現在国民連合・愛知の県世話人でもある)。

制作/クリエイティブ21
制作協力/全国戦災傷病者連絡会
脚本・監督/林雅行
ドキュメンタリー映画
2006/カラー/劇場用DVD/110分

上映問合せ
クリエイティブ21 電話03-3226-5290
http://www11.ocn.ne.jp/~cr21/