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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2005年11月号

どこまで「痛み」に耐えればいいのですか?

厚労省の「医療制度構造改革試案」は撤回を!

福岡県歯科保険医協会・事務局長  岡崎 誠


 はじめに
 十月十九日、厚生労働省は「医療制度構造改革試案」を発表した。
 高齢者窓口負担の二割への引き上げ、長期入院患者の食費・居住費を健康保険の給付から外して自己負担とし、高額医療費の限度額の引き上げなど、負担増を中心とした施策で一兆円の予算削減。また、中・長期的方策として、生活習慣病対策、平均在院日数の短縮と短期的方策で、高齢者自己負担、高額医療費限度額、食費・居住費の自己負担、現金給付の見直しなどで、合わせて二〇二五年には合計七兆円の医療費を削減するとしている。「試案」では、こうした「改革」で二〇二五年度の国民医療費を現行制度のまま推移した場合より七兆円少ない四十九兆円に抑制するとしている。経済財政諮問会議は「二〇二五年の医療給付費は四十二兆円に削減する」としており、更に七兆円の医療費抑制が必要となることは明白だ。
 今後、財務省、経済財政諮問会議などの意見と調整しながら、来年の通常国会に法案を提出するとしている。

 具体的な概要は以下のとおりである。
(1)高齢者の窓口自己負担を二倍から三倍にし、「新高齢者医療制度」を創設して高齢者本人からも保険料を徴収する。介護保険料と同様に年金から天引きをする。
(2)長期入院の食事代・居住費を全額自己負担にする。
(3)十割の現物給付が原則である公的医療保険制度に、「免責制度」を導入する。
 「免責制度」は、民間保険であれば「入院の場合、五日間は免責、六日目から給付する」という方法が一般的だが、「試案」では、千円(もしくは五百円)の「保険免責制度」を新たに創設するとしている。実質四割から五割負担に相当する。
(4)高額療養費制度の見直しをするとして、限度額を引き上げる。
(5)医療保険制度を都道府県単位にまとめ、国の責任を都道府県に押し付け、都道府県ごとに医療費を抑える競争をさせて、医療費の抑制をはかる。
(6)病院経営を株式会社にまかせる医療本体の営利事業化を狙って医療法「改正」での地域医療計画の見直し・医療提供体制の再編成。
(7)医療の中身を決定する診療報酬を十年間で一〇%削減する。

 1.社会保障制度の一体的
   見直しと「構造改革」


 一九八〇年から開始された「臨調行革」による社会保障制度の見直しは、ある意味で「枠内」での見直しだったが、それに対して橋本内閣から開始されたという社会保障「構造改革」は憲法二十五条でいう社会保障・社会福祉・公衆衛生全般を国により生存権保障を棚上げし、社会サービスを営利事業に置き換えて企業にとって利潤追求の場にしていく道を鮮明にし始めている。
 二〇〇三年一月一日発表された日本経団連の「奥田ビジョン」では、消費税を十一年間かけて一六%にすると言っており、法人税の大幅減税と社会保険料(雇用主負担)削減がセットになっている。所得税については、各種控除制度廃止・縮小、累進税率のフラット化(最高税率九年前は七五%→今三五%)、社会保障は現在「逸脱した水準」にあり「最低限に絞るべき」として、社会保険料の雇用主負担の廃止、自営業者と同様に従業員の全額負担の方向を明らかにしてきた。宮内オリックス会長などは、「本当に医療が必要なら、家を売ってでも治療を受ける」と発言するなど、経済財政諮問会議主導の社会保障「見直し・構造改革」路線が社会保障「改革」のレールとなっている。

 2、介護保険改革の次は医療

 すでに十月一日から、施設の部屋代・食費の自己負担化が実施され、相部屋で月一万円、個室で二万〜五万円、年間平均で一人四十万円の負担増、入所を継続できない利用者が続出する可能性が高まっている。年金収入八十万円〜二百六十六万円の人のうち、一カ月六万七千円の年金の場合、残ったお金から医療費や通院費等を支払えば、手元にはほとんど残らず、年金収入が七〜八万円の人では年金額以上を取られることになる。
 個室と相部屋の格差は、お金のあるなしで療養環境に不公平をもたらすものと言えよう。福祉施設建設費を利用者の負担でまかなえというのでは、何のための福祉かと言いたくなる。結局は、施設入所の場合の費用を重くして入所利用を減らそうというものだ。
 登録ヘルパーの平均時給は千二百円、一人の平均月収は六万六千円という実態であり、自治体では、高齢者福祉を介護保険業務に矮小化してしまい、本来の相談業務を放棄して、ケアマネージャーに相談、訪問、助言を丸投げにするという事態が生まれてもいる。ましてや、相次ぐ「老々介護」の痛ましい事件が続出し、東京大田区の都営住宅で、「ずっと一緒にいたかった」と七十七歳と七十六歳の夫婦が介護心中、埼玉県で、昨年夏に二件の「老老介護殺人」、十一月の地裁判決はともに執行猶予。昨年十二月にも山形で、八十三歳の妻を介護していた夫と五十八歳の長男が農薬自殺をするなど悲惨な事例が続出している。
 既に介護保険では、保険の介護と自費の介護が混在する混合介護は認められており、利用料の「ダンピング」も実施されている。

 3、憲法を活かした
   権利主張の運動を


 二〇〇四年六月時点で、国民健康保険料(税)の滞納者世帯は四百六十一万世帯、国保に加入している世帯のほぼ五世帯に一世帯が保険料滞納という状況に至っている。リストラなどで、職域保険から国保に移る人の急増と人口の高齢化の中で、月額数万円以下の国民年金受給者や無年金者が増大していることが原因と言われるが、保険証がないために通院を我慢して手遅れで亡くなるという痛ましい事件も各地で起きている。
 厚労省の「医療制度構造改革試案」が発表された直後に行われた「朝日新聞」の世論調査(十月二十六日)」では、今回の高齢者医療改革をはじめとした「高齢者負担増」に「反対」が五九%と過半数を超えたと報道されている。
 国民の過半数が反対してでも、小泉政権は「構造改革を断行する」というのだろうか?
 今回の「医療制度構造改革試案」は、雇用の安定、生活の向上を図ってこそ購買力が向上するという経済原則からも逸脱しており、即刻撤回をすべきだと痛切に感じる。
 国公立病院の統廃合、難病や結核・精神などの公費負担医療の縮小や廃止とあいまって、このままでは、映画「ジョンQ」のような悲惨なアメリカ並み医療しか受けることが出来なくなるのではと危惧している。
 また、この「試案」にはないものの、患者さんと医療担当者が互いに責任を負わせられる、医療に「契約制度」を持ち込む「患者選択同意医療」や、介護保険をモデルに健康保険での医療と自費負担での医療との「混合診療」の実施へ向けた動きや、回数制限を超えたリハビリや健康保険で認められないクスリや検査は自己負担とすることや、風邪や軽い病気の診療を健康保険から外したり、頻度の高いクスリや漢方薬、パップ剤などを保険給付から外して、OTC(オーバー・ザ・カウンター=病院窓口の外側)といってクスリをドラッグストアーなどで販売できるようにする方向も検討または実施の準備がされている。
 何よりも医療は公平でなければならない。
 「いつでも、どこでも、誰でも」が健康保険証一枚で安心して安全な医療が受けられるよう変革することが大切だ。
 日本の社会保障としての健康保険制度が、今回の「医療制度構造改革試案」によって潰れてしまわぬよう、社会保障の問題を政治的な争点にしていく運動と、地域でともに暮らす住民の一人として、憲法二十五条をはじめとした憲法の理念・精神を権利として実現させることと同時に、憲法を活かした権利主張の運動を構築することが切実な課題となっている。

二〇〇五年十月二十八日 記
(福岡県歯科保険医協会・事務局長、福岡県社会保障推進協議会・事務局次長)

<資料>景気対策に有効なのは社会保障への「投資」
社会保障に1兆円投じた場合の経済波及効果は5兆4328億円で、公共事業の約1・93倍。雇用効果は58万3126人で約2・8倍も高いことが分かっている。

経済波及効果 雇用効果
公共事業1兆円 2兆8091億円 20万6710人
社会保障1兆円 5兆4328億円 58万3126人

※1998年4月14日、参議院国民生活福祉委員会、景気対策に向けた自民党・宮崎参院議員の質疑より