国民連合とは代表世話人月刊「日本の進路」地方議員版討論の広場トップ


自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2005年9月号

暴挙! 杉並区で「つくる会」歴史教科書採択

広範な国民連合・東京世話人  松尾 ゆり


 「歴史教科書は扶桑社に決定しました」教育委員長が宣言をした瞬間、一瞬の沈黙があったように思いました。私の隣に座っていた人は「うそ…」とつぶやき、私は声も出ませんでした。しかし、次の瞬間、区役所の内外に怒号が渦巻いていました。
 杉並区が「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」)の中学校歴史教科書を採択した、八月十二日のことでした。

 五年前から準備された採択

 こうして、杉並区は全国の市区町村でたった二カ所だけの「つくる会」の歴史教科書を採択した町になりました。私立も含めた全国の採択率が〇・五%弱、約五千部ということですが、悲しいことにそのうち二千部が杉並区です。
 事ここに至るには、五年間にわたる、山田宏区長と「つくる会」の周到な準備、そしてそれとの区民の闘いがありました。山田区長は「改革派」として全国に名を売っていますが、今回の教科書採択はすべて区長の反動的な政治信条、そして執念から出たものであることを皆さんに知っていただきたいと思います。
 一九九九年に就任した区長が教育委員五名のうち三名を入れ替える意思を示したのは、翌年十一月のことでした。その三人がそろって反動的な人物であったことから、区民の間で反対運動が起こりました。結果として一名はPTA出身の女性委員に変更されましたが、「つくる会」支持派が二名も教育委員会に入ってしまったのです。
 それでも前回(二〇〇一年)の教科書採択時、当時の教育長が反対に回ったことで、教育委員会は三対二で扶桑社の教科書を退けました。教育委員交代時点からの運動が実った形でした。区長が当時、泣いてリベンジを誓った、という「伝説」まで区内では語られています。

 調査書書き換え、質問状…

 以来、今回の採択までの四年間、区長はあらゆる手段をつくし「つくる会」教科書採択の条件を整えてきました。
 最も大きい変化は、「つくる会」に反対票を投じた教育長が昨年交代させられたことでした。新しい教育長は、区長に忠実で、区長と女性議員の不倫が問題になったとき「火消し役として区長に評価された」といわれる人物です。
 そして、教科書採択直前の時期に至っては、書き尽くせないほどの様々な問題が起きました。
○調査報告書に書き直し指示
 「つくる会」に否定的な意見を書いた教員に対して、教育委員会事務局が表現を改めるよう指示を出したことが七月末発覚。事務局が組織ぐるみ「つくる会」採択に向かって動いていることを伺わせました。
○教育委員に対する個人攻撃
 「つくる会」に批判的な教育委員に対し、「つくる会」教科書執筆者の藤岡信勝、八木秀次両名の名前で公開質問状を出して「法的措置も辞さない」と脅し、さらに同委員を個人攻撃するチラシを大量配布。
 他社の関係者がこのようなことを行えばどうなるでしょうか。おそらく検定取り消しもあり得るのではないでしょうか。しかし区側は委員の発言の自由(と身の安全)を守るための措置を一切とりませんでした。
○韓国との交流行事も台無しに
 十数年来の友好都市であるソウル市瑞草区(ソチョク)からは区長さん自ら「あの教科書を採択しないで」という要請書が届いていました。また、五月には市民団体の招きにより、杉並で両区民によるシンポジウムが行われました。しかし、区長はこれに協力するどころか「過激派が企画しているから参加しない方がよい」と妨害の書簡を瑞草区へ送っていました。
 さらに、教科書採択が決定した八月十二日は、なんと、この瑞草区へ区の交流行事で出かけた中学生たちが帰国する日だったのです。
○厳戒態勢の区役所
 「反対している人たちは過激派」とのイメージを作ろうとしたのか、教育委員会当日、路上には警察車両、庁舎前には警官と区職員がずらっと並びました。暴行をでっちあげられて不当逮捕された人も出ました。さらに、教育委員会に用事があって行った人は、エレベーターを降りたとたん、フロアが机などでバリケード封鎖されていることにびっくり仰天。区役所と区民は敵同士だと言わんばかりの対応です。

「戦争はなくならない」と教える?

杉並区の教科書採択は、二対二の状況で教育長が「扶桑社がよい」と表明したことによって、多数決で決まりました。教育行政のトップである教育長自らが「つくる会」採択を最終決断したことの責任は極めて重いと言わなくてはなりません。また教育長は審議の中で「戦争は人類の歴史からなくすことはできない。戦争をなくそうとする理想主義の教科書より、なくならない前提に立った扶桑社の教科書がよい」という発言をしました。こういう人物が教育行政を行う資格があるのでしょうか。
 一方、「教科書調査会で現場の先生たちが評価している現行のT社のものがよいのでは」と懸命に説いた委員がいたにも関わらず、現場の意見を全く無視する形で教育委員と区長の政治的志向だけから、今回の決定がされたことは、教科書採択制度の欠陥もあらわにしました。

 採択は信じられないほど残念な出来事でした。しかし嘆いているときではなく、私たちは前に進まなくてはなりません。来春から、この教科書に否応なく向き合わなくてはならない保護者、教員が子どもたちをどのように守るのかが問われています。ある右翼の杉並区議会議員は雑誌で「今後は授業を見学に行きチェックする」と述べています。日の丸・君が代のように、教員へのしめつけや処分が行われるのでは、と大変心配です。
 地域で不安に思っている保護者と教員が手をつなぎ、「つくる会」に負けない学校をどうやってつくっていくのか。そして危機を機会にどうやって変えていけるのか。それが今の私の最大の関心事です。