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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2005年6月号

野中広務氏(元自民党幹事長)に聞く

国家戦略なき
小泉総理の外交安保、改革政治

 日本はアジアの一員でありながら、近隣諸国との関係は最悪になり、アジアで孤立を深めている。国民一人ひとりがこの国のあり方を考えねばならない。編集部は五月十二日、小泉首相の内外政治について、自民党の要職にあった野中広務氏にお話を伺った。

忘れてならぬ不戦の誓い

 小泉さんは、自民党五〇周年記念だから憲法改正案を出すなどと言っています。しかし、一国の総理なら、戦後六〇年という還暦の年を迎えて、この六〇年を総括し、これからの国家像、国家戦略を考えなけりゃならない。そういうメッセージが、なぜ総理の口から出ないのか。
 また、非常に場当たり的な外交の結果、中国と取り返しのつかない亀裂が生じた。韓国とは、民間の文化交流が庶民レベルに広がってきた重要な時に、心ない地方議会の決議によって、お互いに譲り合い暗黙に認め合ってきた関係に、あのような事態を起こした。こういう形で、中国、韓国や北朝鮮との関係が非常に悪い状況になっていることに、一つの時代を歩いてきた人間として心を痛めています。
 小泉さんはさらに、ロシアがドイツに勝った六〇周年式典に行った。六〇年前の五月、ロシア(旧ソ連)はドイツに勝ったので極東に軍を移し、日ソ不可侵条約を一方的に破棄して、旧満州、朝鮮半島へと攻め込んで来た。これによって、日本軍人・民間人に大変な犠牲者を出し、中国にたくさんの孤児を残した。数十万人ともいわれる人たちがシベリアに抑留され、今も、シベリアの凍りついた土地に三千人を超える人たちが眠っている。その遺骨の収集もできていない。樺太は返したことになっているが、北方四島は不法占拠されたまま、六〇年もたっている。こういう状況になったのは、ロシアがドイツに勝ち、参戦する余力ができたからです。小泉さんは、各国首脳が行くからということで出かけたが、なぜ歴史を検証し、考えて行動してくれないのか。本当に残念です。ロシアとは、まだ平和友好条約も結べていません。ロシアは総理の参加にどう反応したか。この式典に行かなくても、総理が単独でプーチンと会談できるんです。
 他方で、国民の不満が出てくると、目くらましに、日本が安保常任理事国になれるかのごとき報道が相ついでいます。戦争で勝った五カ国が常任理事国で拒否権を持ち、日本とドイツは国連憲章で敵国条項に入れられている。こういう状況の中で、日本が何の抵抗もなしに常任理事国になれるかのような幻想を、国民に与えています。
 そして、アフガンやイラクに対する戦争では自衛隊を派遣し、日本のファシズムがだんだん大きくなっている。中国が恐い、北朝鮮が恐いから、軍備を強めなきゃならん。集団的自衛権だ、憲法改正だ。そんな方向へ日本は持っていかれ、だんだん右傾化している。その結果、日本はどうなるのか。われわれは、六〇年前の不戦の誓いを忘れてはいけない。こんな時代になりつつあることに、私は悲憤慷慨しております。

アジアへの心くばりの欠如

 中国人が一番大切にしているのは信義を守ることです。日本はここに匕首をつきつけてしまった。
 歴史教科書問題や靖国問題、尖閣列島問題がある中で、両国の外交当局は大変な苦労をして、海外での会合のおりに、総理と胡錦濤国家主席あるいは温家宝総理が会見する場を作ってきた。そんな努力の後に、民間人になったからいいじゃないかと李登輝さんを日本に迎えた。中国が二〇〇八年の北京オリンピック、二〇一〇年の万博に向けて努力し、台湾海峡に煙が立たないように気を遣っている時に、総理が胡錦濤さんや温家宝さんに会った時の信義を、日本側からひっくり返してしまった。
 こういうやり方は、あの青年たちだけでなく、中国全土の人たちの心も痛めたと思います。日本のマスコミの一部には、中国政府がわざとやらせた事件だと報道する心ない人たちもいます。しかし、中国のインターネットはものすごい。何かあると日本に対する怒りが急速に広がる。そういう中で、五月四日の集会などを強固な手段で抑えこんだのは中国政府です。だから、領有権を争ってきた尖閣列島問題も、これを新たな傷口にせず、あそこの海底資源は両国で協力してやろうという話を、われわれも非公式にしていた。中国側もそれでいいと応じていた。韓国の場合も同じです。それを壊すようなやり方をした。
 私は中国の言い分が全て正しいとは言わない。向こうも大きな国ですから、いろいろな考えや行動があります。沿岸部の発展に比べて、北東部や奥地には劣悪な条件で暮らしている人たちの不満があるのも事実です。しかし、それが日本に向けられたという安易なとらえ方をすると間違います。
 われわれは土地ごとスイスあたりに引っ越せるわけではない。ここにいる以上、太平洋側のアメリカとの信頼関係を築くとともに、一衣帯水の中国、韓国、北朝鮮そして東南アジアとも仲良くしていかなければならない。あれほど仲の悪かったドイツとフランスが手を結んでEUを作り、通貨ユーロを実現しました。われわれも過去の傷を謙虚に修復しながら、アジアで共通の利益、共通の信頼関係と平和を構築する。EUにならい、AU(アジア連合)とでもいうものの土壌を作らなければならない。しかし、小泉さんにはそういう心くばりがありません。

小泉総理と靖国参拝

 先日、愛知県で行われている地球博の開会式に行きました。隣に羽田孜元総理がいて、私に「おい、小泉はあれだけ靖国にこだわるけれども、おれが靖国神社に参拝する議員の会の会長をやっていた時は、一ぺんも参拝したことがないぞ」と言っておられました。私も戦争で従兄弟と叔父を亡くしていますから、おりにふれて靖国神社に参るようにしていますが、小泉さんが参っているのを見たことも聞いたこともありません。
 八月十五日というあの戦争に敗れた日に、国会議員が隊伍を組んで参るのが本当にいいのかと、私も疑問を感じてきました。靖国神社は歴史の清算が出来ていません。
 戊申の役の時、天皇のために働いたということで、長州と薩摩藩は官軍、会津藩は賊軍にされました。官軍で戦死した者を、招魂社というのを作って祀ったのが、靖国神社の始まりです。西郷隆盛は、明治維新に貢献したということで後に名誉回復したけれども、西南の役では賊軍になったので、未だに靖国神社に祀られていません。天皇陛下の軍で、天皇陛下のために戦死した人を祀ってきたのが、靖国神社なんですよ。だから、明治天皇と一緒に殉死された乃木希典将軍は祀られていません。日露戦争で「皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」と名言を残された東郷平八郎海軍元帥も、予備役になられてから病死されたので祀られていません。
 昭和二十六年、日本は極東裁判を正当な裁判と認めたサンフランシスコ講和条約に調印して、独立国となりました。いろいろな学者が、戦勝国が敗戦国を裁くのはおかしいと言いますけれども、裁判の結果がどうであろうが、わが国は条約で極東裁判を正当な裁判と認めたのです。だから、その翌年、米国と相談をして、B級、C級戦犯を靖国に合祀しましたが、A級戦犯は合祀しませんでした。ところが、昭和五十三年、松平という元海軍将校が靖国の宮司になった。この人がA級戦犯だけ祀らないのはおかしいということで、密かに合祀した。翌年マスコミがそれをスクープした。
 それ以来、春、秋、八月にお参りになっていた昭和天皇は、靖国神社をお参りにならなくなった。極東裁判を正当な裁判として認めたサンフランシスコ講和条約を厳粛に守っておられたのです。平成になっても、天皇はお参りにならない。お参りにならない理由がA級戦犯の合祀であったことを考えなければいけない、と思うわけですよ。戦争に行った人たちはみな、生きて帰った私も含めて、天皇陛下のために戦死することがお国のためだ、男子の本懐だと教育されました。お互いに今度会う時は靖国で会おうと言って死んでいった。だから、天皇は心中つらいものがあったと思います。それでも、天皇家はサンフランシスコ条約を厳粛に守っておられる。一国の総理はそのことを考えなければいけない。
 小泉さんが靖国に参るようになったのは、自民党の総裁選に勝つためです。対抗馬であった橋本龍太郎さんは日本遺族会の会長、靖国神社に参拝する議員の会の会長をやり、軍人恩給の関係の人たちの面倒をずっとみてきたから、遺族会の方や軍人恩給受給者の方は、橋本さんを支持していた。小泉さんの靖国参拝は、自民党の総裁選で橋本さんからこの票を奪う手段ですよ。

短く荒っぽい言葉

 もちろん、小泉さんが総裁選に勝ったのは、森内閣になって以来、不満が鬱積していたという面がありました。「自民党をぶっ潰す」と勇ましいことを言う人に、国民は共感を覚え、高い支持をおくった。小泉さんの発言は、「改革なくして景気回復なし」とか、ものすごく短い。中味は何にもない。
 日本人は短い言葉に弱い民族です。戦争中は、「鬼畜米英」、「一億火の玉」、「欲しがりません勝つまでは」でした。新聞が二、三紙、ラジオが一波しかない時代に、マスコミがこの短い言葉をくりかえし、国民は戦争に突っ込んでいった。今はいろいろなメディアが発達しています。しかし、本当のことが伝わってくることが少ない。特にイラクのサマーワは、日本の報道機関が入っていけないから、どんな活動が行われているか、伝わってこない。
 世界各国に平和を訴え続け、日本にも来られたローマ法王の葬儀に、アメリカの大統領を始め、各国首脳が参列されました。日本は川口順子補佐官でした。新法王の就任式は、元外務大臣の武藤嘉文さんでした。そして、小泉さんは記者団に聞かれて、こう言った。「郵政の民営化も新しい法王の選出もコンクラーベだな」。世界の六分の一を占めるカトリック信者の人たちは、これをどんな気持ちで聞いたでしょうか。
 言葉が短くて荒っぽい。そこには、日本がいかにして世界の信頼と尊敬を受けるか、という姿勢が見られない。日本をどういう国家にしていくのか、国家戦略が全く語られていない。総理だけでなく、政府、国会もそうです。このままでは日本は衰退国の道をたどる以外にない。そんな気がしてなりません。

米国の要求に従う小泉改革

 「官から民へ」あるいは規制緩和を進めれば日本が良くなる、ということで今日まで来ましたが、それによって日本の旧き良きものを壊し、取り返しのつかないことをしていると思います。例えば、地方の中心商店街はほとんどシャッター街になってしまった。シャッターを再び開けることは不可能です。規制緩和でたくさんの人たちが職を失い、老後の希望をつなぐこともできなくなった。
 銀行は公的資金を受け、リストラをしたり、給料を下げたりしたから収支が良くなった。民間会社もそうなんです。それで会社は景気が良くなり、税金も増えた。けれども、財政支出を減らしているため、国民の懐は良くなっていません。それをあたかも景気が良くなったかのように、政府もマスコミも宣伝している。そして、それを勇敢に批判する人は、メディアの世界から降ろされる。非常に恐い。かつての大政翼賛会のときを思い起こさせる。
 日本郵政公社は、橋本内閣の時の行政改革で出てきて、小泉さん自身が日本郵政公社法案を出して決まったものです。中央省庁等改革基本法の三十三条の一項目の六では、郵政公社について民営化等の見直しは行わないと定めています。そして、国家公務員が三事業一体でやるということに決め、小泉さんが自ら、民間から生田総裁を選び、トヨタから高橋副総裁を選んで発足させたわけです。それなのに、わずか一年も経たないうちに方針を変えて、民営化だと言い出した。
 私はおかしいなと思いました。われわれも勉強が足らなかったのですが、この十年ほど、一年に最低一回は、米国政府から日本政府の政策に対する要望事項が出てきている。外務省も、政府や政治家も口にしないが、秘密にしていたわけではない。外務省のホームページには、簡易保険と郵政の民営化について、米国政府の要求がこと細かく書かれています。一番最初は建築基準法で、金融の改革も、司法改革、大学のロースクールも、みんな米国政府の要求です。アメリカは日本政府が要求通りにやったと、堂々と報告していますよ。われわれもアメリカの要望でやったとは全く知らなかった。
 郵政省の時代から今まで、郵政三事業に国民の税金は一銭も入っていない。貯金と簡保で稼いで採算のとれない郵便をカバーし、二万四千の郵便局を守ってきた。国の事業だから税金を払わないということはあったが、公務員の給料も税金に頼らずにやってきた。それを四つの会社に分けるという。そうなれば、郵便の業務をやる会社は採算がとれず、国民の税金で負担することになる。アメリカに言われた民営化で、郵便にはじめて税金が入ることになる。
 それでも、過疎地の郵便局はやっていけなくなる。銀行の支店も農協の出張所も遠く、市町村の合併で役場の支所もなくなる過疎地では、年金や貯金、官の業務を扱う郵便局が地域の拠点、公の拠点でした。それがなくなっていく。国民の利便性から言っても三事業が一体でなければならないのに、四つの会社に分けてしまうわけです。営利を目的にする会社が、お互いが助け合ってやることはあり得ないのです。
 何が目的なのか。三百五十兆円という郵貯・簡保の資金を市場に出そうということです。四年前まで、郵貯・簡保の資金は財政投融資の原資になっていましたが、現在は財投から外れています。それでも、特殊法人と独立行政法人の調達資金は、郵貯・簡保が一番大きく、それから年金です。これを市場にさらせば、銀行や保険がやられたのと同じように、外資の嵐の中で漂うことになる。外資が好きなように荒らし、金利は上がってくる。そうなれば、おそらく日本の国債のランク付けが落ちて、信用がなくなってくるでしょう。
 日本経済は想像以上に混乱し、景気が悪くなると思います。今はそうじゃなくても、アメリカ経済は難しい状態になりつつありますし、中国も最盛期を過ぎました。アメリカと中国の景気の好調に支えられて、ようやく日本の景気が安定してきたのに、これから下降線をたどることになります。
 日本人はどん底にならないと分からないのかなあ、と思ってしまう。もう一度、過去の歴史をひも解いて、愚かな道を歩まないようにしてほしいと思います。

(五月十二日談・文責編集部)