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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2005年6月号

新しい食料・農業・農村基本計画」を考える

食料の安全保障を確保する農政への転換を

農業農協問題研究所前理事長、元東京教育大学教授  暉峻 衆三

 今年三月、五年ごとに見直される「新しい食料・農業・農村基本計画」が閣議決定された。国民的課題である食料安全保障の角度から新基本計画の問題点について、暉峻衆三氏に話を聞いた。文責編集部。月刊『日本の進路』一四〇号(二〇〇四年四月号)掲載の暉峻氏の文書も参考して下さい。

食料の安全保障は国民的課題
国政を動かす多国籍企業


 いま日本の国民は、食料の安全保障問題について重大な困難を抱えており、その打開が国民的に求められています。食料の安全保障とは、「国民が主要な食料を良質で安全かつ安心でき、価格的にも納得できる状態のもとで長期安定的に手に入れることができる。その時に国民は食料の安全保障を確保し得ている」と私は定式化しています。
 この食料の安全保障の問題を考える場合に、どういう舞台でそういう問題が起こっているのか、基本的な柱をあげておきたいと思います。
 第一に、いま日本は高度に発達した経済大国であり、それを中心的に動かしているのはトヨタを典型とする多国籍企業です。これが日本経済を主導し、また国政も基本的なところを動かしています。小泉政権を支えている中心的な柱です。この小泉政権の下で、新自由主義的政策が歴代内閣の中でもっとも顕著な形で進められています。例えば、「郵政民営化問題」。野党だけでなく、自民党内でもこれほど反対が多い問題で、ごり押しながら政権が維持できるのは、背後から財界の主流が支えているからです。憲法改悪の問題にしても、自衛隊の海外派兵にしても、多国籍企業の意向が強く働いています。
 第二に、日本の経済と政治を基本的に動かしている多国籍大企業が、アメリカと一体的な関係を構築し、またアメリカに追随しながら国際的な舞台に経済的、外交的、軍事的にも展開していくというのが現在の状況だと思います。
 第三に、多国籍企業は利益追求のため、モノ、サービス、投資などあらゆる国際的取引の自由化を推進しています。自由化体制を通じて大きな利益を得ています。
 この三点が食料の安全保障を考える上でも基本的な柱として考えなければならない問題だと思います。
 今年三月末に、「新しい食料・農業・農村基本計画」(新基本計画)が農水省で策定され、閣議決定されました。またそれと表裏の関係にある「農業白書」が先日発表されました。食料の安全保障と関連させながら、新基本計画や農業白書の問題点について触れてみたい。

脅かされる食の安全・安心
米国産牛肉の輸入再開問題


 新基本計画では真っ先に、「食の安全、健全な食生活について国民的関心が高まっている」と指摘しています。先ほど述べました三点、多国籍企業が経済と政治を動かし、アメリカに追随し、あらゆる国際取引で自由化体制を追求している中で、いま食の安全が脅かされています。それに対して消費者や生産者の間で食の安全確保のための関心と要求が高まり、相互に連携した運動が展開されています。そういう運動が行政を一定動かすなど、いくつかの成果をあげて前進している面があります。しかし同時に、依然として食の安全が、脅威にさらされており、国民的課題として打開が求められています。
 その典型として、米国でのBSE(牛海綿状脳症)発生による米国産牛肉の輸入再開問題があります。アメリカから輸入再開を迫る激しい圧力が続いています。日本政府は、「脳や脊髄などの危険部位の除去」と「生後二十カ月未満の牛はリスクがほとんどない」との認識の下で、輸入再開に向けて推移しています。
 しかし、BSEは科学的にまだ解明されていない未知の分野の多い病気であり、「危険部位除去」「二十カ月未満」であれば、安全なのかという点では、専門家の中でも疑問が出されています。さらにきちんとした検査方法が確立されれば感染牛が出てくる可能性もあります。個体識別をやっていないアメリカの検査体制が本当に安心・信頼できるのかなど疑念も指摘されています。さらに、多くの消費者団体が不安感をもっており、アメリカの圧力に屈して妥協すべきでないと主張しています。しかし、日本政府はアメリカの圧力に弱く、輸入再開に向けて動いています。
 またアメリカの食肉業界は強力なロビー活動を展開しており、議会や政府に大きな政治的影響力をもっています。百七十カ国が加盟する国際獣疫事務局(OIE)が最近、「骨なし牛肉は安全であり、月齢三十カ月以下など一定の条件を満たせば検査なしで自由に貿易できる」というルールを作りました。これも食肉業界などアメリカの圧力が背景にあります。食の安全について重大な懸念が存在しています。したがって市民サイドとしては、今後も食の安全・安心に対する監視を強め、行政に対する働きかけと圧力を強めるという国民的課題があると思います。

危機的な食料自給率

 第二の問題は、「長期安定的に食料を確保する」ことに関わる問題として食糧自給率の問題があります。日本のカロリーベースの自給率は、一九六五年に七三%でしたが、現在は四〇%まで下がっています。四十年で三三ポイントも下がりました。
 これについては政府も重大な問題として認めざるを得ず、自給率向上を声高に叫んでいますが、実行をともなっていません。新しい基本計画では、五年前に作った「二〇一〇年に自給率四五%」という目標を、「二〇一五年に四五%」と時期をずらせて乗り切っていこうとしています。
 では、下がり続けている自給率を二〇一五年までに反転向上させることができるのか、きわめて大きな課題になります。なぜ自給率が急激に低下したのか。一番大きな要因は自動車や電気機器など製造業の多国籍企業を基軸にして、ガットや世界貿易機関(WTO)体制に参入して貿易の自由化を推進しながら、その下で急激な経済発展を図ることに国益を見出したこと。その裏返しとして農産物の自由化も進めて、農産物の価格支持政策や国境調整政策など農業に対する保護政策を後退させ、自給率の低落、農業小国化を進展させたことにあると思います。
 そういう中で、若年層など農業の担い手が激減し、担い手の高齢化で将来が危惧されています。農地も急激に減少しています。一九六〇年代に比べ百三十万ヘクタールも減少し、現在は四百五十万ヘクタール程度になっています。さらに減反政策も重なって農地の耕作放棄が拡大しています。農地利用率が九四%にまで低下。そして一九九〇年代以降は、農業生産そのものが低下するというかつてない状況になっています。五年前の基本計画以降、米価は下落し、中心的米どころで、生産の中核的担い手である北海道や東北の大規模農家が大きな打撃を受けています。
 このように農業危機が加速している状態の下で、政府が掲げる自給率の向上をどうやって実現することができるのかが問われるいまの段階だと思います。

アジア各国でもゆらぐ食料安保

 日本の食料の安全保障を考える上で、国際的な視野も重要です。アジアとくに韓国、中国、アセアン諸国、インドにいたる地域に注目すべきだと思います。この地域は経済的にも非常に密接な関係が結ばれつつあり、東アジア共同体の構築についての関心も高まっています。世界人口の約半分が集中し、しかもこの地域がコメの生産と消費の中心地です。同時に、いま世界経済発展の中心地ともなっており、製造業とIT産業を中心にして外資と技術を取り入れ、外発的発展をしています。この地域は、かつて高度成長をとげた日本の歩みを後追いしています。
 韓国も農産物の輸入国になってきていますし、中国も経済発展の中で農業が劣勢産業になり、農業労働力の減少や農地の転用などによって農業生産が低下しています。東アジア全体で農業生産の後退が共通してみられます。外発的な急激な経済発展が、国内農業の後退、農産物の輸入国への転化というプロセスを含んでいます。さらに地球温暖化や砂漠化など地球環境の悪化と、人口の増加も加わって、この地域が将来、日本のように食料安全保障の危機に直面する可能性が高いのではないか。
 膨大な人口を抱えるこの地域が食料輸入国になれば、食料輸入に頼り続けている日本の食料安全保障はさらに危機的になります。アジア地域の発展という長期的な視野でもみておく必要があると思います。

少数の担い手だけでは
自給率は向上しない


 政府は新基本計画で、時期をずらしながら、自給率向上の旗は掲げています。しかし、多国籍企業を中心とするさらなる経済発展のため、WTOなどの自由化体制を一層推進しようとしています。
 日本政府は二〇〇〇年、WTOの交渉に望む態度として、「各国農業の共存」をスローガンに掲げました。各国には各国固有の食料問題があり、各国が自主的に取り組む権利、食料に対する国民主権が尊重されるべきであると掲げました。しかし、その原則がぐらつきつつあります。
 例えば、「コメの関税四九〇%をはじめ日本の農産物は国際的に見ても極めて高関税」「国境措置に過度に依存しない体制に」などと新基本計画で指摘しています。多国籍企業の内圧と、アメリカからの外圧の両方が強まっているもとで、「各国農業の共存」というスローガンのもとで「高関税」でふんばることは困難だという認識が政府内にできているということだと思います。
 多国籍企業が大きな影響力をもつ日本政府の中で、農水省関係の人員は大幅に削減されるなど農水省の地位の低下がきわだっています。WTO交渉においても農水省の政策はなかなか実現できず、官邸主導、つまり財界寄りで進められているというのが現状です。
 WTOの自由化政策の下で、高関税も、農産物の価格政策も続けられない。そういう認識の下で、新基本計画の目玉として打ち出されたのが少数の効率的な経営の担い手に対する「直接所得補償」です。そういう方向を昨年、農水省が提案しました。
 それに対して、規模の大小を問わず全農家を組織するJA(農業協同組合)は反発し、小規模経営も一緒になった「集落営農」も対象として認めるべきだと主張しました。政府は、条件を満たした「集落営農」であれば直接所得補償の対象として認めると譲歩しました。その条件とは、集落営農として経理を一体化するとか、法人化するなどです。具体的には、今年の秋頃にその内容が決定されることになっています。その条件を満たすことは容易ではありません。限られた財源で、持続的に経営が成り立つようにすることは容易ではありません。
 「一将功なりて万骨枯る」(一人が成功をおさめるためには、その下で数多くの人の努力や犠牲がある)という故事があります。直接所得補償を一握りの大規模な担い手(三十万〜四十万人)だけに集中すれば、その担い手は生き残れるかもしれません。しかし、それ以外の二百万人以上の小規模農家は疎外され、経営的にもやっていけず農業から撤退せざるを得なくなるでしょう。国民的な課題として問われているのは、日本の食料の安全保障であり、自給率の向上です。こういう政策で、自給率の向上を実現することは難しいと思わざるをえません。
 日本の製造業のモノづくりの技術は非常に高い。日本の農業者も高品質の農産物をつくる高い技術をもっています。安全・安心な食料を求める消費者のニーズに応えようとする生産者サイドの動きも、経営的にはそんなに大きくはない農業者のあいだで強まっています。こういう農業者は、食料の安全保障を支えていく重要な力になっていると思います。しかし、現在の農政の延長線上ではごく少数しか生き残っていけません。新基本計画の内容では、自給率向上という食料安全保障を達成するのは至難の業だと思います。

自給率向上のための対策を

 では自給率の向上をどうやって実現するのか。歴史に学ぶ必要があります。日本は経済大国化するなかで各種の農業保護政策を撤廃し、自給率を急速に下落させ「農業小国」になりました。対照的にEUは自給率を上げています。しかも一国だけでなく、各国が自給率を上げています。
 自給率向上のためには第一に、政府自身が掲げている「各国農業の共存」という旗をねばり強く掲げ、国際舞台でがんばることです。第二に、EUでもアメリカでもやっている最低限の保護政策をやることです。日本はWTOの自由化の優等生として国際的ルールで決めた保護政策の削減以上に削減しています。アメリカは不足払い制度をやっていますし、EUも最低限の価格支持制度をやっています。日本も不足払いも含めた最低限の価格及び所得政策を実施すべきです。
 この点に関連して非常に困ったことだと思いますが、最近、日本生協連が「日本の農業に関する提言」を発表し、その中で「WTOなどの国際化に対応した経営支援策を早期に導入するとともに、高関税の逓減と内外価格差の縮小が必要である」としています。つまり、高関税は消費者が負担するもので認められない、関税を下げるべき、ということです。一方で自給率向上も掲げていますが、関税を下げることは輸入が増えて自給率を下落させることになります。この主張は政府より過激に自由化を推進するものです。消費者団体である生協が、政府・財界の政策ににじり寄るもので危惧しています。
 農水省の基本方針は、三十万〜四十万の大規模農家には直接所得補償はするが、それ以外の大部分の零細農家は勝手にやって下さいということです。零細農家の中には、産直など消費者と結びついて生き残っていける農家も少数はいるでしょうが、全体として自給率向上に積極的に結びつくとは思えません。零細だが、産直や学校給食など安全で良質な農産物をつくっている多くの農家には政府の積極的な支援が必要です。
 大事なことは、自給率向上につながり、農家経営が成り立つ政策を打ち出す必要があります。それなしには、スローガンで「自給率向上」を掲げても実現性はありません。WTO交渉で「各国農業の共存」をねばり強く主張すること、できるだけ担い手を広くして最低限の価格支持政策・所得政策などで支援することが必要です。日本農業の土台である稲作を中心に、自給率向上に向けて農政をどう転換していくかを考えていかなければなりません。
 例えば、「田畑輪換」と言っていますが、田圃を田圃としてだけでなく、畑としても使用できる水利調整や土地改良も必要でしょう。日本は膨大な飼料穀物を輸入しています。コメについても食用だけでなく、家畜の飼料穀物としての飼料米の開発も重要です。他の飼料作物の生産も重要です。また荒れている山林を活用した山林放牧を拡大することも重要です。
 日本を農業小国、危機的な自給率の国にしたのは、アメリカの自由化要求だけではありません。トヨタなど多国籍企業が世界中で商売をするために国内農業の様々な保護・支援策を撤廃していった。トヨタなど多国籍企業の代表が、農政も含めて国の政策決定に審議委員という形で入って、財界の求める方向に政策を誘導し再編しています。もうかる部門があると思えば、株式会社の農業への参入なども推進しています。自給率の向上とは関係なく、企業としてもうかるときだけ参入し、もうからなくなればさっさと撤退します。
 農政に限らず、日本の安全保障・外交政策、経済政策なども基本構造は同じだと思います。アメリカの多国籍業が要求する市場経済主義、これに追随し呼応する形で日本の多国籍企業が国政に大きな影響力を与えています。食の安全・安心や食料自給率向上など、食料の安全保障を確保する農政に転換するためには、多国籍企業本位の国政を転換しなければなりません。  (文責編集部)