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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2005年5月号

戦争をする子どもたちを作る

「つくる会」教科書の採択を許すな

関西大学講師  上杉 聰

 内外の批判を無視して、文科省は歴史をわい曲した「新しい歴史教科書をつくる会」主導の教科書を検定合格させた。日本の戦争責任資料センター事務局長で関西大学講師の上杉聰さんに、「つくる会」教科書の内容や今後の闘いなどを聞いた。文責編集部。

「つくる会」教科書の内容

 一つは非常に初歩的な間違いや、前回採択を困難とした箇所を六〇%程度削りましたので、一見、普通の教科書らしくなったように見えます。しかし全体を見ると、天皇中心の皇国史観的な姿がシャープに出てきています。
 「歴史」教科書では、子どもたちに日本の優越性を独善的に植え付ける他国への優越的支配意識と自国中心史観の内容になっています。あまりに露骨な表現は変更しましたので、一見良くなったと感じますが、日本人の優越意識が強く、全体の流れは変わっていません。
 例えば、「朝鮮半島では…日本式姓名を名乗らせることを認める創氏改名が行われ」が「朝鮮半島では…日本式姓名を名乗らせる創氏改名が行われ」と変わった。「認める」ということは、朝鮮の人たちの要求を受け入れるということだが、「名乗らせる」ということは、日本の命令をきかせたということになります。これで改善されたと言えるのか、検討を要するところです。改悪されたとも感じます。外装は乗用車風になりましたが、依然として戦車のキャタピラーが付いています。
 日本による侵略戦争に対する認識や反省はなく、逆に日本人の被害者意識が強調されます。例えば中国との関係では、満州事変以降の流れを「中国国内の反日世論の高まり」「日本人を襲撃する排日運動」「排日運動にさらされていた満州在住の日本人の窮状と、満州権益の脅威」という具合に、中国の排日運動があったのでしかたなく介入せざるを得なかったと描いています。なぜ排日運動が起きたのかはまったく指摘しない。日本の侵略行為に触れず、逆に日本人を被害者として描きます。当時の排日運動を報じた新聞を何の注釈もなく大きく掲載しています。当時の新聞が侵略戦争を扇動したことには一切触れないのです。
 こうした描き方は、中国に限らず朝鮮半島でも東南アジアでも一貫しています。東南アジアへの出兵のときに日本が「解放」のスローガンを掲げたために、一時期それを受け入れた所があるのは事実ですが、すぐに日本の侵略が明らかになり「だまされた」となりました。そういう事実は書かないで、解放戦争だったという印象で描かれています。
 「公民」教科書は、皇国史観を前提に、明確に憲法改悪を指向する内容です。また周辺諸国との対立をあおる内容となっていることが特徴です。最初のグラビアでは、まず世界で活躍する自衛隊が出てきて、次が周辺諸国との領土問題となっている。「竹島」「尖閣列島」「北方領土」です。国際紛争を前面に掲げて、したがって憲法改正が必要という流れです。
 さらに驚いたのは「竹島」の写真の注釈は最初「日本と韓国が領有を争っている竹島」だったものを文科省が修正を要求し「韓国が不法占拠している竹島」に変えさせたと毎日新聞が報道していました。ここに「つくる会」と文科省の現在の関係がよく表れていると思います。竹島の記述は全社が掲載しているわけではなく三社か四社です。近い将来、全社の教科書に出てくると思います。そういう中で「つくる会」にもっとも強い表現をさせ、全体的に右傾化させる。文科省は、そういう役割を「つくる会」に担わせています。
 「南京虐殺」や「慰安婦問題」など日本による加害の記述が、「つくる会」教科書の登場で消えていったのと同様の流れだと思います。「家永教科書裁判」などで、加害の歴史的事実の記述を検定で制御することができなくなり、文科省はジレンマを感じていたと思います。しかし、「つくる会」教科書の登場で、文科省の意図が貫かれるようになった。
 前回、歴史教科書の採択のとき、「無難な内容」と言われてきた「東京書籍」が四〇・四%から五一・二%に大幅にシェアを伸ばしました。一方、日本による植民地支配や侵略戦争の実態をきちんと記述した「日本書籍」は一三・七%から七・八%に大幅に減らしました。実は、最大のシェアを獲得した「東京書籍」は文科省の天下り先なんです。つまり文科省が教科書に対する支配権を拡大することになったのが四年前です。
 今回は文科省が、「つくる会」=扶桑社を積極的に支援する立場に立ったと理解していいのではないか。

米国追随で憲法改悪へ

 もう一つの特徴は、反米的な記述が見事に消えました。その過程で「つくる会」内部にあつれきがあったようです。小林よしのり氏らは「つくる会」から脱会・追放されました。そのため、若い人たちの基盤が崩れたと思います。先日、福岡で「つくる会」の会合があったが、若い人たちがかなり減っているようです。年輩者や特定の宗教関係者たちが中心です。その結果、教科書は右翼的な皇国史観の傾向が強まっています。
 戦後処理のところで、アメリカの働きで日本は守られてきたという記述が明確になっています。全体的にアメリカとの良好な関係を強調しています。その意味では純粋右翼の立場は消えて、アメリカ追随の現実路線になっています。前回の東京裁判の記述は、勝者であるアメリカによる一方的な裁判だ、そのアメリカに押しつけられた憲法だから、憲法改正が必要というものでした。ところがアメリカのおかげで憲法改正ができる状況になってきたので現実路線へ転換したのだろうと思います。
 全体として皇国史観、歴史のわい曲、加害責任の隠蔽、憲法改悪など、「戦争できる(する)子どもたちをつくる教科書」だと思います。彼らは憲法改悪も軍備増強も乗り越えようとしています。そのためには国民、とくに子どもたちの心を戦闘的にしなければならない。銃の引き金を引き、ミサイルのボタンを押す人間を作らなければ戦争はできない。そういうねらいをもって、子どもたちの心に踏み入ろうとしていることを、私たちはきちんと批判しなければならない。

「つくる会」の不正な行動

 「つくる会」側の不正行為の一つが、検定中の申請図書(白表紙本)の意図的な流出です。本来は、検定中の申請図書は内容をすべてを明らかにして検定をガラス張りにすべきですが、「つくる会」側は政治家を動かして「検定中の申請図書を流出させてはならない」とのルールをつくった。他社にはこのルールを守らせておきながら、「つくる会」だけは流出させていました。最近の国会質問などを通じて、七十冊も流出させていたことが明らかになりました。白表紙本をもらったことが分かれば、受け取った教育委関係者も処罰される。そういう中で七十冊というのは、相当の数だと思います。
 しかもこの流出に対して文科省が三回も指導している。本来なら、一回指導して従わないなら検定不合格にすべきです。にもかかわらず見逃して、検定を合格させた。教科書の記述内容もさることながら、あからさまな不正行為を見逃して合格させた文科省の責任は許せません。

教科書問題は国の進路の問題

 四年前もアジアからの厳しい批判が起こりました。今回は、「つくる会」など一部の勢力の動きだけでなく、自民党や政府がこれを推進しているという批判です。韓国の盧武鉉大統領の発言もそう指摘しています。
 そうしたアジアからの批判は事実です。四年前に「つくる会」教科書を検定合格させた時の文科省大臣は、現在の町村外相です。また自民党は安倍晋三幹事長代理を通じて、地方議員に働きかけを行っています。全国集会を二回やっています。さらに文科省として四月十二日に通達を出しました。その内容は、学校現場の教師の関与を削減し、教育委員会の採択権限を強化するようにというものです。そうなるとトップダウンが強まり、自民党が市長などを握っている自治体では「つくる会」教科書が採択されやすくなる。これは四年前とはまったく違う状況です。自民党、文科省、外務省が一緒になって推進しているわけで、この三つを相手にしなければなりません。
 韓国や中国などアジアの批判は、自民党や政府が一体となって推進しているという姿を見ての厳しい批判だと思います。反日デモに対して政治家は意図的に対立をあおり立てる言動を繰り返しています。中国や韓国などアジアの人たちの怒りの背景を冷静に考えるべきです。「反日教育の結果だ」という認識をもっているかぎり、いつまでたっても日本に対する不信や警戒心はなくならず、アジアで信頼されることはありません。
 以前、中国の大使の方から「日本の侵略で中国では二千万人が犠牲になった。家族五人と計算すれば一億人の人々が恨んでいる。私たちはそれを抑えてきたのだ」と言われました。事実、中国は日中国交正常化のとき「あの戦争は一部の軍国主義者の行為であり、大部分の日本国民は犠牲者だった」として、戦争賠償を放棄した。それが将来の日中友好になるという判断し、その姿勢を貫いてきました。
 ところが小泉首相の靖国参拝、歴史をわい曲し戦争を反省しない政治家たちの言動、憲法改悪も含めた軍事大国化の動き、そして教科書問題などが続く。こうした日本の動きによって、中国政府もコントロールできないところまで民衆の怒りが高まっている。韓国についても同様です。そういう受け止め方をしない限り、いつまでも日本はアジアの中で信頼されません。
 アジアの一員として、共生するという姿勢があれば、歴史のわい曲や首相の靖国参拝など、対立をあおるような言動はしないはずです。アジアで共に生きていこうとすれば、今のような対立関係でやっていけるはずがありません。単なる教科書問題ではなく、日本がアジアの中でどう生きていくのか、日本の進路にかかわる重大な問題です。

幅広く共闘・連合しよう

 四年前、「つくる会」教科書はほとんど採択されず、扶桑社は大きな赤字を抱えた。教科書を出版して経営的に成り立たせるために、今回彼らは一〇%の採択をめざしています。そのために自民党、文科省も含めて必死になっている。
 これに反対する市民運動の側ですが、四年前に比べて、強い反撃の体制を作っています。ただ「つくる会」側は四年前とは違い、あなどれません。市民運動の側が、世論を盛り上げていく必要があります。この問題が単なる教科書問題でなく、将来にわたってアジアで共生できるのか、日本がどこへ進むのか、アジアの平和がどうなるのか、が問われています。日本の進路にかかわる大事な問題であることを広く国民に訴えていく必要があります。
 歴史をわい曲し、アジアの反発を招くような教科書を認めれば、われわれの生存条件そのものが奪われる、と訴えていくべきです。世論を盛り上げ、多くの人たちの立ち上がりを期待したいと思っています。四月下旬からは、全国の教科書センターで、各社の教科書を見ることができます。ぜひどんな教科書なのか見て下さい。「つくる会」、自民党、文科省が一体となっていますから、こちら側が市民、労働組合、地方議員など幅広い連合、共闘をつくらないと阻止できないと思います。憲法改悪や教育基本法改悪を阻止するためにも重要な問題です。    (文責編集部)