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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2005年1月号

講演要旨

RFIDの国際標準化と
ペンタゴン・ウォルマート連合

京都大学教授 本山 美彦

 



 はじめに

 ある高名な先生が、判断力のない人間の典型として私を取り上げています。言外に、日本企業のだめな点を告発せず、すべてアメリカの陰謀のようにして日本企業に免罪符を与えている「陰謀史観」だ、というニュアンスで書かれています。私は逆に、今ここで反戦の声をあげずにいつあげるのか、とお聞きしたい。
 いま経済学の世界では、マーケットがすべてを決める、という神話が流行しています。人間の自由な競争によって世の中が進み、特定の個人や権力者が社会を動かそうとしてもそれはできない、という考え方です。これは間違っており、力の強い権力が世の中を動かしている、と私は思っています。私たちが何気なく自由に行動しているように見えても、誰かが意図した誘導の中で動いています。例えば、東京の人はエスカレーターに乗るときは左側に立ちますが、関西では右側に立ちます。たまたまそうなったのではなく、まずそういう都市の設計があるわけです。アメリカと日本の企業が競争して日本の企業が負けるのは、アメリカが強いからだと単純に考えられていますが、与えられているルールが違います。
 例えば、パソコンのOS(基本ソフト)はほとんど、アメリカで開発されたウインドウズです。多くの人は自由な競争の結果、自然にそうなったと思っていますが、事実は違います。二十年も前に、東大助手だった坂村健さんがウインドウズよりも優れた国産OSのトロンを開発しました。そして松下がトロンを搭載したパソコンを作り、学校教育の場に持っていこうとしました。ところが、アメリカは、国家的な事業でウインドウズを排除している、トロンをやめさせろ、と圧力をかけてきました。日本の通産省はアメリカに屈し、ある有名な大会社がこれに結託して、トロンつぶしをやりました。松下の製品はアメリカでボイコットされました。自由な競争ではなく、力でねじ伏せられたのです。その立て役者であるヒルズ米通商代表部代表は、その功績でアメリカの巨大ゼネコンの重役になりました。
 松下のパソコンはつぶされましたが、トロンは生き残り、携帯電話に使われています。そして坂村さんは今、いつでもどこでも簡単にコンピューターを利用できる環境をめざして、ユビキタスIDセンターを作りました。例えば、洗濯物にICチップをつけておくと、洗濯機が情報を読みとり、洗剤の量、回転の速さ、洗濯時間を自動的に選択する。神戸市が名乗りを上げている自立的移動支援プロジェクトでは、歩道の点字ブロックにICチップを入れておき、目の不自由な方のステッキがそれを読みとって、音声で右に曲がってください、止まってくださいと知らせてくれる。あるいは駅の案内板に携帯電話をかざせば、どこ行きのバスは何番ですなどと教えてくれる。そんなふうに、生活に便利なインフラをつくろうと、四百を超える会社がユビキタスIDセンターに参加して技術開発をしています。

 人類の遺産を競売にかける

 私がイラク問題で許せないことは、人道的な問題もありますが、一万年以上の歴史を持ち文明の粋を集めた世界をアメリカが破壊し、人類の文化遺産を雲散霧消させたことです。これは人類に対する冒涜です。
 イラクは世界最古のメソポタミア文明の発祥地です。「イラク」は低い地域、つまり、チグリス川とユーフラテス川に挟まれた肥沃な低地という意味で、バグダッドは、神(バグ)の贈り物(ダッド)です。アレクサンダー大王は、川(ポタモス)の間(メソス)、つまり二つの大河の間にある地域ということで、メソポタミアと命名しました。
 アレクサンダー大王はマケドニアの小国から始まり、西南アジアを支配してヘレニズム時代を出現させた人です。彼はメソポタミアの知識人や哲学者に学び、新プラトン学派はその影響を受けています。メソポタミアのミトラ神崇拝は、後に、ローマ帝国全域に広まります。このミトラ神の誕生日が十二月二十五日です。コンスタンティヌス大帝はキリスト教を公認するとき、イエスの誕生日をこの日に変えました。それ以前のキリスト教では、イエスの誕生日は四月七日でした。
 近世になってから、ヨーロッパの哲学、宗教を無知蒙昧なアジアに教える、という考え方が強くなりましたが、歴史をひもとくとアジアがヨーロッパに強い影響を与え、両者の緊張関係の中で偉大な文明が発展してきたことがわかります。わずか三〜四百年の歴史しかないアメリカが、一万年を超える交流の歴史の中で培われてきたものを破壊し、それを自由の進歩だと錯覚していることに激しい憤りを覚えます。
 アメリカはこの偉大な文化遺産を持ち去り、競売にかけました。米国防総省(ペンタゴン)とくんで競売のリストを作成したウォルマートの社長は、「われわれはサダム・フセインの悪政からイラク人を解放しただけでなく、イラクの財宝をも解放した」と豪語しました。ラムズフェルドも競売に参加し、「私も黄金の皿を買った」とテレビに登場し、自由を愛する米国人の善意でイラク戦費をまかなおうと訴えています。

 ICタグ

 ペンタゴンとウォルマートの連携で、競売よりも重大なことは、兵站(物流)技術の開発です。湾岸戦争では、前線に送った物資が輸送中に紛失したり到着が遅れて、四割近くが砂漠に放置されました。今回のイラク攻撃でも、物資が届かず食糧不足のため砂漠で身動きできなくなった部隊が出ました。その苦い経験から、ペンタゴンはウォルマートの物流戦略を学び、連携して兵站技術の開発に乗り出しました。ICタグの導入です。ウォルマートは二〇〇五年一月から、納入物資の梱包箱にICタグをつけることを納入業者に義務づけることを開始します。ペンタゴンもそれにあわせて二〇〇五年一月から、調達物資へのICタグ貼り付けを納入業者に義務づけました。ICタグをつければ、物資がどういう経路で運ばれ、どこにあるかが瞬時にわかります。
 ICタグとはIC(集積回路)を埋めこんだタグ(荷札)のことで、無線で情報を読みとったり、書き込んだりすることができます。このシステムをRFID(無線Radio の周波数Frequency を使った身分証明Identification )と言います。周波数が大きいほど、離れたところからも読み書きができます。JR東日本のカード「スイカ」やJR西日本の「イコカ」もICタグの一例です。ICタグを牛につければ放牧を管理できます。
 人間につけられたらどうなるでしょうか。ある国際会議では、参加者に無断で名札にICタグがつけられ、参加者の行動がすべて当局によって把握されていました。人体に埋め込むICタグも開発されています。九・一一事件で死んだ消防士が黒こげで誰かわからない、というのが発端でした。軍事会社のアプライド社がベリチップという子会社を作って開発しました。二〇〇四年七月、ベリチップのICタグが入院患者に注入されて訴訟問題になりましたが、米当局はこれを認可しました。ベリチップはメキシコの司法長官を宣伝に使い、彼は誘拐される恐れがあるので腕にICタグを埋めていると述べ、児童誘拐防止にタグが使用されるようになりました。ベリチップは衛星による位置確定システム(GPS)を利用して、人間の位置を測定する技術の開発にも乗り出しています。人間をICで管理する、恐ろしいことが進んでいます。

 RFIDの世界標準化

 ペンタゴン・ウォルマート連合のRFIDは、マサチューセッツ工科大学(MIT)のオートIDセンターが開発したものです。MITが開発したRFIDで情報をやりとりするコード(方式)の体系をEPCと言います。MITはEPCコードを世界標準にするため、それを推進するEPCグローバルを作り、イギリスのケンブリッジ大学、スイスのチューリッヒ大学、中国の復旦大学、日本では慶應義塾大学と提携して、一大運動を起こしています。
 ところが、日本ではすでに、先述した坂村さんのユビキタスICセンターが、UコードというRFIDのコード体系を開発しています。これは商品のバーコード、国際的な図書や逐次刊行物のコード、インターネットのIPアドレス、電話番号など、すでにある様々なコードを利用できる、かなりの優れものです。これに対して、EPCコードが世界標準になると、既存のコードはすべて書き換えなければなりません。

 トロン紛争の再現

 そして、またもや通産省の後継である経産省が坂村さんに待ったをかけました。二〇〇三年十月、東京で開かれたオートIDセンターの国際会議で経産省の役人は、「政治の力でEPCコードを日本標準にしてみせる。坂村さんはそれがわかっていただけると思う」と発言しました。国家による介入もあり得るとの宣言です。国産の技術を開発してきた日本人の努力は無に帰し、利益はアメリカに吸い取られることになります。
 二〇〇四年九月、東京で小売り技術サミットが開かれました。ウォルマートの担当者は「EPC対応のICタグを一枚五セント(五円)にまでする」、「EPCグローバルが唯一の標準団体である」、「すべての業界でEPCコードを採用するべきで、皆がバラバラの技術で進めば幸せになれない」と発言しました。
 ウォルマートは、アメリカ国内で百万人、全世界で百六十万人の従業員を雇用する、最大の小売業です。しかも、労働組合の結成を認めていません。売上高は二千五百億ドル(二十五兆円)を超えます(日本で最大のイオンは三・五兆円)。すでに西友を傘下におき、ダイエー買収に名乗りをあげました。二〇〇六年から株式交換による企業買収が外資にも認可されますから、買収攻勢はさらに激しくなります。そのウォルマートと取り引きしたい業者は坂村方式を採用するなという脅しです。
 経産省は、現在一枚五十円のEPC対応のICタグを五円にすべく、「響きプロジェクト」を立ち上げ、二年間で開発するよう、日立に十八億円で委託しました。日立はEPCグローバルに加入して技術をもらい、二〇〇六年秋から量産体制に入ることになりました。アメリカの言いなりになる連中の政治的圧力によって日本の独創性を封じられ、日本人は独創性がなく物まねばかりするという汚名をかぶせられるのです。

 おわりに

 同じ条件のもとで日米の企業が四つに組んで競争しているのではないのです。日本が勝てないような仕組みが設定されていて、日本が負けるのです。日本が負けるのは、アメリカ的コーポレートガバナンスをやらないからだ、日本社会の閉鎖性が招いた事態だ、などという考え方に私はくみしません。独自の技術を開発して、日本はこれでいきます、どうぞアメリカさんはご自由にと言おうとしたら、アメリカの言うことを日本の政治家が鵜呑みにし、日本の経産省が恫喝する。そういうことが常に繰り返されてきました。これにノーと言う政治システムを、私たちは作っていかなければいけません。
 ヨーロッパやアジアは、アメリカとは違った道を歩もうとしています。ロシアは勝ち馬に乗ろうとして、ヨーロッパにつくかアメリカにつくか様子を見ています。日本は、アメリカとは違った生き方をしているアジア、ヨーロッパの国々との友達づきあいを今よりも密接にしていかなければなりません。世界から孤立し、経常収支赤字を拡大させているアメリカに一辺倒で、アメリカと抱き合い心中をする――そんな道はごめんだ、というのが私たちの知恵ではないかと思います。
       (文責・編集部)

(編集部注)
 本山氏の講演は、全世界の衛星放送を牛耳るマードック帝国、戦争の民営化、石油価格高騰、株式交換による企業買収にまで広がりました。残念ながら、誌面のつごうで紹介できませんでした。本山氏の著書『民営化される戦争―二一世紀の民族紛争と企業』(ナカニシヤ出版)もあわせてお読み下さい。