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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2004年6月号

EUとアメリカの対立 ― 富をめぐる攻防

埼玉大学経済学部教授  相沢幸悦


 武力によるドル体制維持

 アメリカはなぜイラクを攻撃したのか。石油の支配、軍需産業の利益なども当然ありますが、フセインが石油の取引通貨をドルからユーロに変えたことが大きな要因です。
 戦後、世界の基軸通貨となったドルには金との交換という裏付けがありました。しかし、冷戦下で世界中にドルをばらまき、一九七一年には金の裏付けができなくなりました。いわゆるニクソン・ショックです。アメリカは軍需産業に人材とお金を投入してきた結果、最先端産業は伸びたけれど、経済構造はいびつになり、従来型の重化学工業は疲弊しました。物づくりは弱体化し、国際競争力があるのは軍需産業、農業、金融だけになりました。
 九〇年代のアメリカは、ITで産業革命が起こったかのごとく幻想を与え、海外から資金を引き込んで株価を押し上げました。株価上昇の資産効果で、GDPの七割を占める個人消費が拡大し、好景気が続きました。しかし、このITバブルも二〇〇〇年に崩壊し、二〇〇一年九月に同時多発テロ事件が起こりました。ブッシュ政権は「対テロ戦争」を主張し、アフガニスタン攻撃をへて、二〇〇二年に先制攻撃のブッシュ・ドクトリンを打ち出しました。
 物づくりが弱いアメリカでは、景気が良くなるほど輸入が増え、経常収支の赤字が増えます。二〇〇三年の経常赤字は約五千億ドル、債務残高は三兆ドルを超えました。クリントン時代に改善した財政も、ブッシュ時代になると大型減税とイラク戦費で赤字に転落し、今年度は五千億ドルを超えます。いわゆる双子の赤字です。金の裏付けもなく、信用もなくなってきたドルに対し、暴落の不安が広がっています。
 それでも、九〇年代はドルに代わる国際通貨もなく、アメリカは好景気でしたから、大きな問題にはなりませんでした。しかし、一九九九年一月、ユーロが誕生しました。ドルに対抗する国際通貨が登場したのです。これはドル体制にとって、大きなターニングポイント(転換点)です。ドル崩壊の第一段階が始まったわけです。ドル暴落の不安を感じる中国などは、外貨準備の一部をドルからユーロに変えました。
 そういう中で、フセインが石油代金をドル建てからユーロ建てに変え、それを国連が認めました。サウジアラビアなど、それに追随する動きも出てきました。アメリカにすれば、ユーロが登場した上に、中東で石油の支払いにユーロが使われるようになれば大変なことです。だから、軍事力を使ってでもドル体制を維持しようというのが、イラク攻撃の背景にあります。しかし、イラク攻撃は、逆にドル暴落の時期を早めています。フランスはこんな状態を予想していたと思います。ところが日本の政府や一部の学者は、ユーロ誕生の意味を理解せず、フランスがアメリカに反対しているのは一時的だと、判断を誤りました。

 EU分断は失敗

 アメリカは、イラク攻撃に反対するフランスやドイツを「古いヨーロッパ」と批判し、スペインやイタリア、ポーランドなどをイラクに派兵させて、EU分断をはかりました。スペインやイタリアが派兵した背景は、EU内の主導権争いです。それはEUというコップの中の争いで、EUを分裂させるようなものではありません。ポーランドなどの東欧諸国が派兵したのも、EUから離れようするものではなく、すでにEU加盟が決まっていたので、安心して「フランスやドイツのいう通りにはならない」という意思表示をしたわけです。結局、スペインはイラクから撤兵し、ポーランドもアメリカにだまされたと言い、EU分断は失敗しました。
 欧州統合の理念は一九二〇年代からありました。五一年の石炭鉄鋼共同体、六八年の欧州共同体(EC、)、九一年のマーストリヒト条約、九九年の統一通貨ユーロの誕生、そして今年五月の東欧諸国加盟と、EUは長い時間をかけてつくられてきたものです。特にフランスはドゴール大統領以来、アメリカ主導に反対してきました。まして冷戦が終わったのに、いつまでもアメリカの言いなりになりたくない。だから、EUは少々のことでは壊れないでしょう。
 EUは、独自の安全保障や軍隊の創設にも踏み出し、統合憲法に向けた討議も始まっています。二十五カ国体制に拡大し、アメリカと対抗できる経済圏となりました。ユーロも存在感を増しています。私は『ユーロ対ドル』という本で書きましたが、アメリカとEUの対立は、経済の利益をめぐる争いですから、一時的なものではなく時代のすう勢です。

 日本はアジア共同体へ

 ドル安が進む中で、日銀は昨年来めちゃくちゃな円売りドル買いをやっています。昨年だけで二十兆円、今年三カ月で十五兆円です。すでにドルの外貨準備高は九十兆円です。機関投資家も米国債を何兆円ともっています。ドル安が進めば大幅に目減りします。これは日本国民のお金です。輸出で稼いでも、その利益はドル安でアメリカに吸い取られます。こんなことをいつまで続けるのでしょうか。政府は北朝鮮問題があるから、アメリカに助けてもらう必要があるからと、イラクに自衛隊を派兵しました。愚かなことです。
 ヨーロッパの資金がアメリカから逃げ出している中で、日本だけが莫大な資金をアメリカに提供しています。いずれやってくるドル暴落で最も被害を受けるのは間違いなく日本です。このままアメリカの尻について道連れになるのか、EUのように独自の道を歩むのか、日本は岐路に立っていると思います。
 ドイツは日本に比べ、税金は高いけれど、賃金や福祉水準は比較的高く、連続六週間の休暇もとれます。それが可能なのは、EUという共同体の中で内需拡大型になっているからです。ドイツの重化学工業は、EU内では競争力があります。一方、アメリカ依存型の日本は、どんなに輸出で稼いでも、ドル安でアメリカに利益を吸い取られ、国民の生活水準は上がりません。ドル安・円高のたびに、労働者や中小下請けはコストダウンのしわ寄せを受けます。
 日本は中国など東アジアの国々と共同体をつくり、日本の経済力を使ってアジアの生活水準を上げていくべきです。アジア共同体内の内需拡大で各国の経済を浮揚させるべきです。アジアは急速な経済発展と同時に環境破壊も進んでいる状況ですから、日本は世界一の環境保護装置や技術によって、環境保全型の成長に貢献することができます。アジア共同体の内需拡大は日本にはねかえり、日本の生活水準も引き上げます。
 そのために、過去の問題を清算しなければなりません。ドイツは戦後、ヨーロッパで生きていくため、ナチスによる侵略戦争の謝罪と補償を実行してきました。ドイツの政治家は、ナチスの侵略を肯定する発言は絶対にしません。ところが日本の政治家は、侵略戦争を肯定する発言を繰り返してきました。小泉首相の靖国参拝で、企業は大きなビジネスチャンスを失っています。日本は「アメリカの手下」と見られ、アジアから信用されていません。
 日本は侵略戦争について、謝罪と補償をきちんと実行し、アジア全体の平和と経済発展のためにアジア共同体に踏み出すべきです。
         (文責編集部)
あいざわ・こうえつ
 一九五〇年、秋田県生まれ。慶應大学大学院経済学研究科終了。長崎大学経済学部教授を経て、現在、埼玉大学教授。著書に『ユーロ対ドル−アメリカ単独行動主義とその破綻の構造』(駿河台出版)。