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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2003年10月号

途上国の結束で決裂したWTO閣僚会議

持続可能で共存できる農業ルールの確立を

JA全中農政部WTO対策室調査役  一箭拓朗


 九月十日〜十四日、メキシコのカンクンで開かれた世界貿易機関(WTO)第五回閣僚会議は決裂しました。先進国と途上国の対立が解消されなかったことが最大の原因だと思います。「投資」「競争」「貿易円滑化」「政府調達の透明性」の四項目を新たに交渉分野として加えようとする動きに途上国が反発したことと同時に、農業分野も含めて、ほとんど全ての分野で対立が解消できませんでした。

 途上国の農業はこの10年間で疲弊

 今回の交渉で、途上国グループが新たな動きに出ました。
 一九九九年末のシアトルでの閣僚会議では、先進国中心の進め方に途上国から大きな反発が出て決裂しました。途上国の中でも、具体的な内容に踏み込めば異なる意見があります。しかし、今回の閣僚会議では、先進国、とくに米・EUに対抗するために、インド、ブラジル、中国など、途上国二十一カ国が、「グループ21」として結束しました。先進国が途上国の分断を図ろうとしても、途上国は固く結束して決して引かず、そのまま決裂しました。WTOの中で途上国の力を決して無視できないことが、シアトル閣僚会議以上に明らかになりました。
 途上国が主張しているのは、先進国の輸出補助金や国内補助金が世界貿易を歪めていて、それを解消すべきだということです。また、途上国にはいろいろと悪条件があるので、そこは例外扱いを極力認めてほしいと訴えています。
 これらの主張の背景には、一九九三年のガット・ウルグアイラウンド合意以降の十年間で、極めて限られた数の競争力のある輸出国だけが利益を拡大し、その他の多くの途上国は貿易収支が悪化したことがあります。途上国の国内農業は、発展するどころか衰退、疲弊しました。また、これは途上国だけでなく、先進国でも日本やノルウェー、韓国などの食糧純輸入国は貿易収支を悪化させています。ですから、「先進国」対「途上国」というよりも「一部の限られた競争力のある輸出国」と「その他大勢の加盟国」の二極化がさらに進行したというのが実際だと思います。

 受け入れられない農業提案

 農業交渉のあり方については、「国内支持と保護の暫定的・実質的削減という長期目標を認識して、貿易以外の関心事項にも配慮して交渉を行う」という、曖昧な表現で始まりました。しかし、具体的な農業の枠組みをどうするのか議論するにつれ、各国の思いがかなりかけ離れていることが明らかになりました。
 八月には、米国とEUが共同提案を出しました。その内容には、「複数の関税引き下げ方式を併存させ、国内保護が必要とされる特定品目については関税引き下げ方式に柔軟性を持たせる」など、日本の主張も一部取り入れられましたが、日本が反対している「関税の上限設定を導入」が盛り込まれました。
 カンクン閣僚会議では、米・EU提案をもとに、メキシコのデルベス議長案が出されましたが、やはり「関税の上限設定導入」という、日本にとってはどうしても受け入れられない提案が含まれていました。結局、内容をつめればつめるほど、各国の利害が違うことが明らかになり、閣僚会議でも対立は解消されず、交渉は決裂しました。
 そもそも関税とは条件が悪く競争力が弱い国内農業を維持するための防波堤です。ウルグアイ・ラウンドでは、それまで輸入していなかった農産物も自由化し、競争力に応じて関税という防波堤の高さを決め、徐々に関税を引き下げ、その間に農業改革をやっていこうという合意でした。ところが今回の「関税の上限設定」は、防波堤の高さに制限をするようなもので、現在高い関税率の日本のコメなどは急激に引き下げられることになり、日本としては到底受け入れられません。そのことを交渉の場でも強く主張しましたし、今後もそのスタンスは変わらないと思います。
 また、デルベス議長案には「関税割当数量の拡大」や、「個別品目の国内補助金の上限設定」など、日本の農業者にとって問題が多く残っています。今後、議長案をベースに交渉が行われるかどうかわかりませんが、問題点については、引き続き是正を求めていきたいと思います。
 米・EUの共同提案によって、これまで連携してきた日本とEUの関係が変わったのではないかという声もあります。しかし、EUの農業団体と意見交換してみると、彼らも市場アクセス問題については心配しており、日本とEUの農業者にとっては共通の懸念のある分野であり、多様な農業の共存や非貿易的関心事項の具体的配慮などでは完全に考えが一致します。ですから、今後の動向を見極めながら、お互いに連携していく考え方は全く変わっていないことを確認しました。

 今後どうなるか

 今後については、個人的な感想になりますが、やはり時間がかかるだろうと思います。二〇〇五年一月の決着はほとんど不可能でしょう。来年はアメリカの大統領選挙もありますし、EUでは閣僚の交代もあります。少なくとも二年、三年は延びるのではないかと思います。
 また、今後どういう進め方をするかについても、今のような意思決定方式ではいかなる合意も難しいと思います。今回、途上国が、これだけ一致団結を図ったわけで、加盟国百四十六カ国が合意するのは難しいと思います。ですから、WTOの意思決定方式を変えるか、それが難しければ、そもそもWTOでものを決めるのはやめよう、という話も出てくるだろうと思います。例えばアメリカの通商代表が言っているように、関心のある国同士での自由貿易協定(FTA)を進める動きが強まるかもしれません。
 FTAは個々の国と個別具体的な品目について関税撤廃を行うかどうかの交渉を行います。でも結局、一つの国との間で関税を撤廃した品目は、早晩全ての国に対する関税撤廃につながると思います。いずれ「あの国とFTAを結んでいるんだから、うちの国と結ぶべきだ」という話になると思います。最後はWTOとつながる。従って、農業者としては、FTAを進めるといっても、WTOという全体の国際貿易ルールの文脈で考えなければいけないし、日本の農業が持続できるかどうかが重要だと思います。
 世界各国が条件が違う中で、それぞれの国の農業が持続可能になるようなルールをつくることが必要だと思います。今回、途上国の力が本物だということがはっきりしたわけですが、日本の主張が途上国に理解されているかというと、まだ不十分だと思います。途上国には先進国の農業補助金に対する批判が強くありますが、日本はアメリカなどとは決定的に違い、自給のための農業政策をやっています。貿易を歪めていないし、途上国に対して迷惑をかけていないという点は明確に区別して、途上国の理解を得る必要があります。
 世界では何億という人びとが食糧不足で苦しんでいます。世界の食糧安全保障や人類の共存にとって、世界人口の二%しかない日本が世界の農産物貿易の一〇%以上の食糧を買い占めているという現状があります。これが本当に途上国が求めていることなのか、世界の食糧安保や農業にとって求められていることなのか。途上国の理解を得ていく必要があると思いました。
 自由化や市場開放ではなく、「持続可能な農業」や「各国の農業の共存」を考えなければ、合意はまとまらないと思います。(文責編集部)