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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2003年5月号

日本と北朝鮮

侵略戦争と植民地支配の責任を
とらずにきた日本の歪み

東京大学大学院教授 高橋哲哉


 異常な北朝鮮脅威論

 日朝首脳会談以降、日本社会では集団ヒステリーのような異常な国民感情が作り出されている。マスコミはミサイルが飛んできたらと、今にも北朝鮮が日本に戦争をしかける可能性があるかのような報道をする。なぜ、このような北朝鮮脅威論が出てくるのか、若い人たちには理解できないかもしれない。この問題は歴史的に深い根をもっている。
 日本は戦前・戦中、朝鮮に過酷な植民地支配を行なった。日本は敗戦と同時に、侵略戦争と植民地支配の責任をとり、周辺のアジア諸国と正常な関係をもって出発すべきだった。しかし、戦後の冷戦構造の中で朝鮮戦争が起こり、米軍占領下の日本もこの戦争に事実上参加した。これをきっかけに、日本は警察予備隊(後の自衛隊)をつくり、米国と日米安保条約を結んで北朝鮮と敵対してきた。日本は米国と同盟関係に入ることで、植民地支配の責任を免れた。米国がソ連や中国と対抗するため、日本を反共の防波堤にしたいと考えたからだ。A級戦犯をはじめ戦前の権力構造に参加していた人々が復権し、日本は権力構造や人的部分で戦前との連続性が強い国家になった。
 日本は韓国に対して、植民地支配の責任を認めず、一九六五年の日韓条約でむりやり国交を正常化した。謝罪と補償を求める北朝鮮の要求は一顧だにせず放置してきた。北朝鮮の承認国はすでに百カ国をこえているが、日本はいまだに承認していない。このような日本に、北朝鮮が不信を抱くのは不思議でない。
 北朝鮮脅威論をあおっているのは、植民地支配について謝罪したくない人々、北朝鮮を敵視してきた人々だ。一般の人々も、歴史的な朝鮮人差別の意識を克服しておらず、米国との軍事同盟の下で日本が周辺のアジアの民衆と敵対していたこともほとんど自覚せずにきた。
 そういう歴史的経緯を知らない若者に、拉致事件報道で北朝鮮は無垢の日本に突然襲いかかる犯罪国家というイメージが刷り込まれている。

 国交正常化交渉のとん挫

 小泉首相が訪朝した動機が何であれ、国交が正常化すれば東アジアの緊張が緩和され、南北朝鮮の統一にもよい影響を与える。そういう意味で小泉首相の訪朝は肯定すべきことだった。ただし、平壌声明が過去の清算については言葉だけで、賠償や補償をせずに経済協力で済ませているのは認めがたく、私は正常化交渉の中で手直しすべきだと主張してきた。そのためにも交渉を継続し、国交正常化に向けて信頼関係を積み重ねる必要がある。
 しかし、首脳会談で明らかにされた拉致問題で、安倍官房副長官を中心とする対北朝鮮強硬派が勢いを増した。拉致事件を解決するためにも、国交を正常化する以外に道はないのに、そうした合理的な判断力は失われ、正常化交渉はとん挫した。
 米国の戦略もある。冷戦終了で存在意義が揺らいだ日米安保は、一九九六年の日米共同宣言で再定義され、新ガイドライン、周辺事態法がつくられた。さらに二〇〇〇年秋のアーミテージ報告は、集団的自衛権を行使できる有事法制、アジアにおける忠実な同盟国としての役割を日本に求めた。その有事法制を実現するため、北朝鮮が今にも攻めてくるという不安を国民に一般化する必要があり、国交正常化や朝鮮半島の緊張緩和は都合が悪かった。
 米国にとって、小泉首相の訪朝はイラク攻撃に専念できるという面と、有事法制にマイナスという面があり、両義的だ。正常化交渉が挫折したので、北朝鮮を敵視するブッシュ政権の世界戦略、日本の対北朝鮮強硬派にとって、都合がよくなった。最近の雑誌には「イラクの次は北朝鮮だ」という特集が目立っている。

 北朝鮮と戦争してはならない

 フランス、ドイツ、ロシア、中国は、米国のイラク戦争に最後まで反対し、小泉政権は支持した。未曾有の反戦運動が世界各地で展開され、世界の世論がどちらにあるかは明白だった。日本の反戦運動も若い人たちの参加など新しい面が出てきたが、世界に比べてまだ弱い。米国が北朝鮮攻撃となった時、大規模なネガティブ・キャンペーンに抗して、立ち上がれるのかどうか懸念される。有事法制ができれば、自衛隊は確実に米軍と共に動くだろう。
 だが、戦争になれば日朝間の断絶はさらに永く続くことになる。韓国や在日の人々にも回復不能な対日不信を植えつける。何よりも膨大な人々が犠牲になり、拉致事件も解決どころか逆に悲惨な結果になる。日本は米国と対立しても、戦争は全力で阻止しなければならない。韓国の盧武鉉大統領は、不本意ながら現実判断としてイラク攻撃は支持せざるを得ないという態度をとったが、反戦運動が盛り上がり、国会の派兵決議は二度も見送られ、国家人権委員会は憲法違反と判断した。日本はそういう韓国の市民と連帯し、北朝鮮との戦争を阻止するため、あらゆる政治的手段をとる必要がある。
 米国は大量破壊兵器を根拠に、イラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」「ならず者国家」と非難した。イラクからはいまだに大量破壊兵器は見つかっていない。捜しても見つからないものを口実に、米国は戦争をしかけたわけだ。北朝鮮が核兵器保有を認めたというが、それならなおさら、核戦争の危険を冒すわけにはいかない。それよりも、世界最大の大量破壊兵器保有国は米国自身だ。米国の劣化ウラン弾や空中爆発爆弾モアブも明らかに大量破壊兵器だ。米国こそ世界最強の「ならず者国家」ではないか。多数の核兵器を保有しているイスラエル、インド、パキスタンではなく、北朝鮮を「悪の枢軸」と言うのも筋が通らない。
 北朝鮮に人権問題が存在するのは事実だが、米国が朝鮮戦争以来、軍事的、経済的に圧力を加え続けたことは無視できないし、植民地支配の被害者の声を無視し続けている日本政府が一方的に人権を振りかざすのはおかしい。戦争を避け、すべてを交渉で解決するのが政治の責任だ。

 米国から自立した日本を

 軍事費が世界で三番目の日本が、世界の軍事費の四割を占める米国と軍事同盟を結び、経済力が沖縄県の何分の一という北朝鮮を脅威だと騒ぎ立てるのもおかしなことだ。プルトニウムの量から、北朝鮮は一、二発の核兵器をもっている可能性があると言うが、米国の核兵器は圧倒的であり、日本は核兵器を何千発もつくれるプルトニウムをもっている。途方もない不均衡があり、この不均衡が北朝鮮を追いつめている。
 米国や日本が軍事的な圧力をかければ、北朝鮮がそれに対抗する可能性はあるが、敵視政策をやめて平和的環境をつくろうと望めば、和解も不可能ではない。北朝鮮から見れば、南の韓国に巨大な米軍がいて、その向こうの日本にも膨大な米軍基地がある。北朝鮮の人々がひしひしと感じている、その軍事的脅威を理解する必要がある。韓国の人たちは、同じ民族が争った朝鮮戦争を二度と繰り返してはならないという思いを強くもっている。日本は、北朝鮮との戦争を引き起こす対米従属の敵視政策をすみやかに止めるべきだ。
 日米安保条約を日米平和友好条約に変えていく必要がある。ただちに廃棄するのが困難だとしても、周辺諸国との信頼関係を回復し、東アジアに平和的な安全保障の秩序をつくっていく努力と並行して、米国からの自立を図るべきだと思う。米軍のプレゼンスでネガティブに保たれる平和ではなく、米軍がいなくても保たれる平和を東アジアに構築する必要がある。
 そんなふうに考えている韓国の政治家や知識人は少なくない。中国ともそういう議論はできる。北朝鮮敵視政策をやめて、過去の歴史的関係を積極的に克服する努力をすれば、北朝鮮の人たちと友人になれるし、国交も正常化できる。(文責編集部)