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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2003年4月号

教育基本法の改悪は許さない

日本教職員組合教育文化局長 樋口けい子


 三月二十日、中央教育審議会(中教審)は、遠山文部科学大臣に教育基本法の改正を答申した。日教組の樋口教文局長に答申の背景や内容など教育基本法をめぐる問題について話を聞いた(文責編集部)。

 憲法改悪と連動した動き

 教育基本法は日本国憲法と同じ一九四七年にできました。前文には、「日本国憲法…の理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」と書いてあります。憲法の理念を実現されては困るという勢力は「大日本国憲法と教育勅語が一体だったように、日本国憲法と教育基本法も一体だ」という認識をもって、改憲の前触れとして教育基本法改正の動きを強めました。そのたびに運動側からの強い反発、国民的な世論によって阻止してきました。
 今回の教育基本法見直しは、二〇〇〇年三月の小渕首相時代の教育改革国民会議(首相の私的諮問機関)が出発です。小渕首相の急死を受けた森首相は教育勅語を評価し、最初の教育改革国民会議で教育基本法の見直しを前面にかかげました。同時に、森派の町村氏などが政治主導で教育基本法の見直しを教育改革国民会議に持ち込みました。教育改革国民会議は二〇〇〇年十二月に「教育を変える十七の提案」を出しました。
 これを受けて文部科学省は第一ステージとして、「奉仕活動の強制」「子どもに対する出席停止制度」「指導不適切教員の転職」など教育三法案を二〇〇一年六月の国会で成立させました。
 第二ステージとして、遠山文部科学大臣は二〇〇一年十一月に教育基本法の見直しを中教審に諮問しました。これを受けて中教審は二〇〇二年十一月に中間報告を、そして二〇〇三年三月に答申を出しました。国会に憲法調査会が設置されたことも含め、答申までの流れを見れば改憲と連動した政治主義的な動きが背景にあります。

政治主導の中教審答申

 答申は「二十一世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成」をめざす観点から教育基本法の改正が必要と述べています。しかし、教育基本法の理念がどう実現されたのか、何が問題なのか総括がありません。いじめや不登校、学級崩壊など教育の危機は事実ですが、それが教育基本法に原因があるのかどうか示されていません。なぜなら今回の改正の動きは教育現場から積み上げた議論でも、子どもの現実をふまえた議論でもないからです。昨年十一月の中間答申後の「一日中教審」などでは賛否が半ばする状況でありながら、拙速な審議で答申を出しました。教育基本法制定当時は、新制中学の設立に二百万通もの賛同投書が寄せられましたが、今回は国民的な議論はほとんどされていません。教育基本法改正だけが突出した政治主導の答申だと思います。
 具体的には、グローバル経済の中で国際的な大競争に勝ち抜く国づくりをするためには一部のエリート層を作り上げることが強調されています。つまり、一部のエリート層の育成と、物言わぬ大多数の国民をつくろうとするものだと言えます。
 また法改正で規定する新たな理念として、「個人の自己実現と個性・能力、創造力の涵養」「社会の形成に主体的に参画する『公共』の精神、道徳心、自律心の涵養」「日本の伝統・文化の尊重、郷土や国家を愛する心」などをあげています。能力主義や競争主義は新自由主義論であり、「伝統・文化」「国家を愛する心」などは国家主義です。新自由主義と国家主義が一体となった流れだと思います。
 憲法の精神に沿った教育の機会均等、人権、平和などをめざす教育基本法では、いまのグローバル経済、大競争の時代にそぐわない。だから憲法や教育基本法を改悪しようという大きな力が働いているように思います。
 現在の教育が子どもたち一人ひとりの声に応えきれていないのも事実です。しかし、問題はそれへの対処です。答申のいう「教育に競争を導入」「国を愛する心」「子供たちを社会的ルールに当てはめる」という短絡的な対処では解決できません。

教育基本法を現場に活かそう

教育基本法が教育現場で生かされていないことが問題です。例えば現場では、男女平等、人権・平和などの課題に総合学習などでとりくんでいますが、国レベルではまったく取り組まれていません。また、「教育の機会均等」も義務教育を保障する国家負担制度を国はたえず廃止する方向で動き、運動がなければ存続できませんでした。さらに最近のリストラ失業が急増する中で国民の所得格差が広がり、「教育の機会均等」は危うくなっています。
 いじめなど教育の危機的な現状に対して、現場にいる私たち教職員が、子どもの声に応える努力をしなければなりません。同時に、子供たちを取りまく大人社会の荒廃を見過ごすことはできません。大競争時代で、勝ち残るのは一握り、勝ち残れない多くの人たちは努力不足という価値観が横行しています。大人社会のいじめ構造がそのまま子ども社会のいじめや学級崩壊に反映していると思います。
 地域紛争を地球規模の話し合いで解決したり、人権確立や環境保全を推進するのが国連だと思います。日本は国連中心主義だといわれながら、小泉首相は国連を無視して日米同盟を重視してアメリカによるイラク戦争を支持しています。こういう大人社会を子どもたちは見ています。
 国際化の時代をいうなら、国連子ども権利委員会は日本政府に勧告したように「過酷な競争からの解放」を重視すべきです。また最近、問題となっているアジア系の民族学校に対する差別はやめて、アジア系の民族学校にも国立大学の入学資格を認めるべきだと思います。今回の文科省の方針決定に、北朝鮮問題に影響された政治的な判断があるとすれば言語道断です。国際化が進み、日本には様々な国や民族の人たちが住んでいます。その子供たちの自国文化(アイデンティティ)を保障することが必要です。とりわけ、アジアに対しては戦争責任や植民地支配の責任があるわけで、民族差別などアジア蔑視を改める必要があります。

 改悪を許さない国民的運動を

 もし、答申の方向で教育基本法が改悪されれば、学習指導要領や教科書の内容も含めて大きな影響を及ぼします。また、憲法改悪に道を開くことにもつながり基本法の改悪を許さない全国的な運動が必要です。
 私たちは、教育改革国民会議が発足した三年間前から、「教育基本法を読む」運動を行ってきました。日教組として全国五万カ所での保護者や地域での集会を目標に取り組み、実際は九万八千カ所で市民の方と話し合いができました。それでも国民全体からしたら一握りです。教職員自身が教育基本法をよく理解し、地域の人たちと積極的に議論するために五月十八日から全国でキャンペーンを行う予定です。
 もう一方で、教育に対する不信や不満に対して応えるため、子どもたちの声をしっかり受け止め、地域参加型で進めたいと考えています。お上による教育、国のための教育という意識を払しょくし、教育基本法にあるように教育は一人ひとりの権利であるという視点で、地域に密着した教育を進めたいと思っています。