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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2002年10月号

グローバル経済と軍事介入が一体

大国・多国籍企業中心のブッシュ・ドクトリン

中部大学教授  武者小路公秀


超大国としての理論

 ブッシュ大統領が九月二十日に新たな「米国家安全保障戦略」(ブッシュ・ドクトリン)を発表しました。このブッシュ・ドクトリンの特徴は、ポスト冷戦、つまりソ連という対抗勢力がなくなった後のアメリカ単独の覇権国の歴史的な理論を打ち出したといえる。単なる軍事戦略ではなく、グローバル化の中でアメリカの歴史的な役割を強調する文書だと思います。
 ブッシュ・ドクトリンには三つのテーマが書かれています。
 第一は、これまでは大国同士が争って平和をかき乱していたが、いまや歴史は大国が協調して平和を探求する時代にきている。テロという共通の敵に対して、大国中心の平和ができる時代になっている。ロシアや中国も協力している。大国が協調するという望ましい歴史的な時代がやってきた。その大国をまとめるのがアメリカの使命だという。
 第二は、自由経済と貿易によって世界全体が豊かになる可能性が出てきている。それを支えるものは、民主主義と人権と自由、とくに市場の自由が大事だと強調する。民主主義と人権と自由、とくに市場の自由を支持するのが善であり、それをかき乱すテロなどが悪である。その善と悪が対峙している、という。善の価値を守るのがアメリカの使命だという。アメリカは自由市場を支持し、いろいろな国に介入しながら民主主義を教える、という。
 それから、正義側としてNATOをあげています。EUという表現は使わない。付け足しのようにアジアでは日本と韓国とオーストラリアが書かれている。二国間関係だけではなく、アジア地域の多国間の取り決めにも影響力を行使すると書いてある。アメリカの影響力が及ばないシステムができると困るという危機意識が反映しています。
 第三は、科学技術の問題です。これまでは科学技術は大国や文明国が持っていたのに、いまや文明国でない側も科学技術を持つようになり危険だ、おさえなければならないと。軍事も含めてアメリカ自身が科学技術をみがくこと、悪者がそのような技術を手に入れて悪用するのを防ぐ。アメリカだけでなく、全人類が非常な危機にさらされるから、科学技術が悪用される軍事体制が確立する前に、先制攻撃でやっつける。また先制攻撃ができるように、情報を集めたり、同盟国を説得する。つまり先制攻撃ができる体制をつくることがアメリカの戦略の要になる。先制攻撃のためにも前方展開基地が大事だとはっきり書いてある。沖縄をはじめとする在日米軍基地は重要で、その提供・維持のために日本政府の協力が必要だという内容が入っている。
 科学技術と、自由市場との関係は書かれていませんが、おそらく自由貿易の体制とか、自由貿易の中でアメリカが優勢な立場を保つ、つまり経済競争で勝つためにも情報を集めなければならないということももう一つ入ってくるわけです。

グローバル・ファシズム

 ブッシュは、「民主主義」や「人権」という言葉をハイジャックしています。ブッシュの民主主義や人権は、自由経済が大事だという。ブッシュの平和は、超大国の力で保障する「平和」です。自主、自主性ということはまったく考えない。宗教の自由はいいますが、小さな国がどうなるかは考えない。例えば、パレスチナに対するイスラエルによる大量殺戮についてはまったく触れない。弱い立場にある国々に対する配慮はまったくない。
 世界中で貧富の格差拡大などを背景に、軍事的にも政治的にもいろいろな問題が高まっていますが、大国のやり方に対して異議を唱えると、すぐにテロだとなってしまう。そしてアメリカが中心になって悪者をやっつけて、自由市場と民主主義を確立すれば、すべて世界は良くなる、そういう主旨です。
 ですから、大国中心、多国籍の大企業中心にみれば話に整合性があるわけです。ブッシュは、民主主義と人権の名のもとに、先制攻撃が正当化される。そのために世界中の多くの人びとが踏みにじられる。先制攻撃の理由として民主主義をかかげながら、実際は民主主義をまったく否定する。自由市場の名において福祉を実現する経済も否定する。テロをやっつけるために、軍事的手段だけでなく、世界中をスパイ活動の対象にする。民主主義、人権、自由の名によるグローバルなファシズムだと思います。
 客観的にはアメリカを中心とする自由放任主義のグローバル経済によって、世界中に貧困が拡大しています。しかし、ブッシュをはじめ、多くの経済学者、日本でもアメリカの影響を受けた経済学者たちは、市場経済がゆがめられ、質の悪い企業が生き延びているから経済が良くならず貧困が解決しないと主張する。だから国家が介入をやめて、市場原理で質の悪い企業が倒れればいいんだという考え方です。競争力の弱い中小企業や小規模家族農業などが質の悪い企業だという。そのためには自由経済を邪魔する福祉経済を行っている国を改めて、市場を自由化させる。小泉政権の周辺の経済学者も、そういう影響を受けています。
 ブッシュにとってはグローバル経済を強化すること、自由市場を支える国の民主主義を助けるために介入すること、先制攻撃をすること、これらが全部一体となっている。
 ですから単に先制攻撃はいけないとか、イラク攻撃はいけないとか、バラバラに反対しても効果が小さい。平和運動とグローバル経済反対運動を結びつけることが大事です。また自主、自己決定が大事です。国の自主だけでなく、民衆による自己決定、下から民主主義や人権を構築していく必要があります。

 ブッシュ・ドクトリンの弱点

 ブッシュ・ドクトリンには二つの弱点があると思います。一つは、悪者であるテロを叩けば解決すると見ている。例えば、アフガニスタンではタリバン政権を倒しましたが、代わって出てきた軍閥が相争って、ひどい状態を作り出しているという反省はまったくない。現状が見えてこない。悪者であるタリバンを倒せば解決だという考え、つまりモグラたたきです。テロというモグラをたたけても、その周囲で巻き添えになった多くの人たちがどんどん反米になっていく仕組みが見えていない。氷山でいえば、海中にある膨大な部分が見えていない。
 もう一つの弱点は、アメリカのリーダーシップに対して、世界中がついてくるという楽観主義があることです。日本はぺこぺこ付いていっていますが、果たしてヨーロッパや世界中がついていくかどうか。悪者に対する先制攻撃を支持しろ、支持しなければ単独でも先制攻撃をやる、という。いまこそアメリカの出番だと、やればやるほど世界中でアメリカに対する反発が強まる。同盟国といわれる国も信用しなくなる。民主主義や人権という言葉を掲げれば、国際世論がアメリカに従うと思い込んでいる。これが二つ目の弱点です。
 この二つの弱点がすぐに表面化するかどうか分かりません。アメリカを中心とした大国の計算もありますし、テロが恐いという共通の敵に対して一時的にはまとまる可能性もあります。また、自由市場を支える国にはアメリカが金を出すということで、それに従う政府もあると思います。矛盾が拡大する前に、イラクが攻撃されたり、朝鮮に対する攻撃も否定できない。しかし、時間が経過すればするほど、矛盾は拡大し、アメリカの覇権主義は大きな困難にぶつかると思います。(文責編集部)