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提言「21世紀の日本の進路」
−日米安保条約を日米平和友好条約に−

2002年7月5日


要 約(English)

(1)
 米国をおそった同時多発テロを契機に、ブッシュ政権は「対テロ戦争」をかかげて独善的な武力偏重の傾向を強め、アフガニスタンへの軍事行動に続いて、イラクのフセイン政権打倒の準備を進めている。日本政府は日米安保条約に拘束されてブッシュ政権に追随し、軍事的な役割を拡大している。米国との二人三脚である日米安保体制によって、むしろ日本が戦争にまきこまれる危険性はきわめて大きくなりつつある。日米安保体制が今日ほど危険なものとなったことはない。アジア諸国との相互信頼と共存共栄こそが、日本の安全のため最良で不可欠の保障である。21世紀の日本は米軍の駐留を前提とする不正常な日米関係をただし、アジアと共に生きる道を進むべきである。

(2)
 1945年、日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏した。日本に進駐した米軍は、ポツダム宣言にしたがって、日本の非軍事化、民主化を推進した。1946年11月、日本国憲法が公布された。日本国憲法は、国民主権、平和主義、基本的人権を柱とし、民主的な国民意識の形成に大きな影響をおよぼした。その前文にうたわれた崇高な理想こそ、わが国の外交の原点である。

(3)
 1952年4月28日、サンフランシスコ平和条約と日米安保条約が発効した。以後、日本は急速な経済発展をとげた。しかし、沖縄は1972年の本土復帰まで20年間にわたって米国の軍政下におかれ、苦難の道を歩みつづけることになった。日米安保条約は1960年の改定を経て今日も続き、半世紀にわたり、日本にとって屈辱的な米軍の駐留を許す根拠となった。

(4)
 日米安保条約により、わが国の領土・領空・領海は、広い範囲にわたって米軍に占有された。在日米軍の演習や事故、米兵の犯罪によって、基地周辺の住民は生命、安全をおびやかされ、環境を破壊されている。特に沖縄は深刻である。在日米軍は日米地位協定によって事実上の治外法権、さまざまな特権を認められた。

(5)
 在日米軍基地は、陸軍が配備されていないことからもわかるように、「日本を守る」ためというよりも、むしろ米国のアジア、中東をにらむ戦略基地として機能している。わが国政府はこのような在日米軍基地のために、巨額の国費を支出してきた。米国はそれにとどまらず、最近では集団的自衛権の行使となりかねない軍事協力を要求するようになり、政府は周辺事態法、テロ特措法を制定し、さらに戦後はじめて有事法制の立法案を国会に提出した。

(6)
 日米安保条約のもとで、わが国政府は自主性を喪失し、日米基軸を外交の基本方針とする対米追随外交を余儀なくされてきた。そこには、独立国としての気概や誇りは見られない。このような日本を、米国の政治指導者たちまでが「米国の保護国」「米国の対外政策における小切手帳」と蔑視し、日本の政治指導者自身すらも「米国の植民地的ともいえるような状態」と自嘲している。

(7)
 日米安保条約は他方で、日米両国が「国際経済政策におけるくい違いを除くこと」を求めている。これにより、日本は米国の経済政策への同調を強いられてきた。特に1985年のプラザ合意以後の金融や為替政策における対米協調は、80年代後半のバブル経済を生むことになった。それがはじけて90年代の日本経済は低迷した。日米安保条約にしばられた対米追随の政策が、今日の深刻な経済をもたらしたのである。

(8)
 戦後の日本は、戦前・戦中の侵略戦争と植民地支配を反省し、アジアに対する戦争責任をはたすことから出発しなければならなかった。米国は対ソ戦略を優先し、日本の戦争責任に対して寛大な姿勢をとった。それが戦前・戦中の指導者の復活を許すなど、国民の戦争責任意識を希薄にし、近隣諸国民に対する差別意識は温存され、政府や与党の指導者たちはアジアの人々を逆なでする言動をくりかえした。それが、対米追随外交、軍事的役割の拡大と重なって、日本はいまだに近隣諸国の信頼を得るにいたっていない。

(9)
 わが国政府は米ソ冷戦のもとで、ソ連を仮想敵国にし、日本の安全を守るために米軍の駐留が必要だと説明してきた。その米ソ冷戦体制が終わり、仮想敵国にしていたソ連は崩壊した。今日、近隣のいずれかの国がわが国に一方的に武力侵攻すると想定することは、夢想家でないかぎり不可能である。日米安保条約を維持する根拠はなくなり、日米安保条約を終了させ、在日米軍の撤収を求める時期がきたのである。

(10)
 冷戦が終えんすると、日米安保共同宣言で、ソ連の脅威に代わって朝鮮半島の緊張と台湾問題が持ち出され、自然死をとげるべき日米安保条約に生命維持装置がつけられた。朝鮮半島も台湾問題も、外部の力がこれを不安定要因などといって干渉しなければ、当事者たちが自主的に解決できるし、解決する問題であり、日本にとっての危険や脅威ではない。むしろ、テロの対象になる米軍基地の方が危険である。

(11)
 日米安保条約のもとでも、わが国が急速な経済発展をとげたため、60年代までは「日米安保繁栄論」が一定の根拠を持っていた。しかし、80年代以降、日本経済にとって日米安保条約はマイナス要因となった。特に90年代に入ると、EAECやアジア通貨基金も自主決定できない日本の経済は、米国の金融資本が支配する経済・金融のグローバル化によってほんろうされた。日本の国民経済と日米安保条約は相いれないところへきている。

(12)
 経済・金融のグローバル化が進んだ20世紀最後の10年は、世界的な貧富の格差を拡大した10年であった。絶対的な貧困や貧富の格差は、差別や対立、さらに武力紛争を生み、激化させる。豊かな国が、貧しい国や人々の反抗を武力で一時的に鎮圧することはできても、問題は何一つ解決しない。わが国は憲法の精神にそって、貧富の差を縮小して貧困と差別を一掃する世界秩序の形成を、わが国の戦略目標として確立すべきである。そのために、自立・自主、平和、共生を日本外交の理念として確立すべきである。

(13)
 日本政府は、日本の名誉と自主独立のため、日米安保条約第十条2項に基づいて、米国政府に日米安保条約の終了を通告し、日米平和友好条約の締結を申し入れるべきである。日米両国は、世界で最も豊かな国として、世界的な貧困と差別に大きな責任を負っている。人間の安全保障を推進する課題、この地球に暮らすすべての人々により実り多い未来をもたらすための共通課題での協力を軸に、日米関係を再構築すべきである。

(14)
 日本は韓国、朝鮮民主主義人民共和国、中国およびASEAN諸国と共に、経済、安全保障を含む東アジアの共生を、長期的な戦略課題として追求すべきである。そのために、歴史認識の解決とくに日朝国交正常化は必須である。米国の意向にとらわれず、アジア通貨基金を創設し、東アジア自由貿易地域を推進しなければならない。経済的に遅れた国への支援も必要となる。そうすれば、北東アジア非核地帯や東アジア多国間安全保障機構の条件も整い、東アジアの共生が地域機構としても現実的なものになる。

(15)
 時代の趨勢としてのグローバル化が、米国の覇権主義、人権抑圧、貧富の格差、民族差別、環境破壊などを助長し、拡大するものであってはならない。そのために、途上国の意向がよりよく反映される方向へ安保理の民主化と公正化を図り、有名無実化している経済社会理事会を実効性ある機関に改編すべきである。日本は国際刑事裁判所を設立するための条約を早急に署名・批准すべきである。こうした国連改革を通して貧困と差別解消に挑戦し、グローバルな安全保障システムを確立することが、21世紀の日本の課題であろう。