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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2002年7月号

巨悪の根源、アメリカにノーを突き付ける国

イラクでの国際連帯会議に参加して

「日本・アラブ通信」編集長  阿部 政雄


 この四月二十六日から五月五日までイラクのバグダードで開かれた平和と友好のための国際連帯会議(五月一日、二日)に出席してきた。フセイン大統領の誕生祝いのパレード(パレスチナ情勢の緊迫化のため途中で中止)やバグダード国際写真展覧会などが開かれていたが、国際連帯会議では、すでに百五十万人のイラク人(主として幼児)を死亡させた十一年以上続くアメリカ主導の非人道的な経済制裁解除の必要が各国代表から強調されていた。
 しかし、「石油と食糧交換」計画の進展に伴ってバグダードの街も一層きれいになり、一昨年とくらべればインフレーションも収まる兆しが見え、市民の表情もより明るくなっていたのにほっとした。
 こんなことを書いても、「独裁者の下、秘密警察だらけのイラクで、まさか?」と思う人も多いと思うけれど、イラクに行く度に、世界の中で、こんな平和で美しい都市があり、苛酷な条件下でも、こんなに優しい人々がいるのだ、「生きていてよかった」と逆にこちらが励まされることが多い。初めてイラクを訪問する人もそう感じるようだ(もちろん、長引びく経済制裁のため、社会的歪みが全然ないとはいいきれない)。
 そして、東京の隅田川にかかる清洲橋や吾妻橋のような美しい橋の手すりにもたれて、メソポタミア文明の古から流れているチグリス川の川面を眺めていると、モロッコのエルマンジェラ教授の「僅か二百年の文明と、六千年の栄光の歴史を持っている国の文明」の差をつくづくと感じる思いがした。幾つかの橋梁は日本の企業が造ったので美しいのは当然であるが、湾岸戦争中、空爆で破壊されたバグダードの鉄筋の橋梁十本を見事に再建したイラク人の技術力も素晴らしいと思う。
 正に、イラク国民の驚嘆すべき底力を感じるが、アメリカは今、このイラクが再び立ち上がり、「アメリカの中東支配の憲兵」イスラエルを脅かす科学技術国家に返り咲くことを恐れて、 悪の枢軸の筆頭ととして、イラク現政権を転覆しようとさかんに公言し始めている。もちろん、サウジアラビアに次いで豊富なイラクの石油資源(世界の埋蔵量の一一・六%)の支配がその目標であることは言うまでもない。
 この原稿を書いている六月十七日の朝日朝刊に「米大統領、フセイン大統領暗殺容認」の記事が出ていた。声高にテロ撲滅を叫び、テロ支援国とかってに決めた国々を核攻撃で脅している本人が他国の指導者の暗殺を命じている。まるでブラックジョークであるが、そんな大統領に忠誠を誓い、共同軍事行動に踏み込もうという首相がいるなら、その顔を見たいものだ。
 筆者の考えでは、アメリカはフセイン大統領を亡き者にしようと焦っていることは間違いないが、アメリカに楯突くイラク国民をジェノサイドしてしまおうと目論んでいることもまた事実である。今、週刊『金曜日』に本多勝一氏が連載で書いているように、あの湾岸戦争で、アメリカは、電力や貯水場などの生活に重要なインフラの破壊に重点におき、非戦闘員、とりわけ、女性や子供を標的にした学校、病院、シェルターなどをピンポイント爆撃したのも、地球の寿命ほど長く放射能の被害をもたらす劣化ウラン弾を投下したのも、そうしたフセイン大統領と一体となってアメリカに反抗するイラク国民自体の絶滅を目指してためであろう。第二次大戦中の沖縄戦や、東京大空襲はじめ日本本土の焦土化作戦、広島、長崎への原爆の投下もさらに、ベトナム戦争、アフガン空爆その他の第三世界への干渉戦争は、兵器産業や巨大石油資本の営業部のブッシュ政権が受け継いでいる伝統的覇権主義の発露であろう。
 筆者がバグダードの国際連帯会議に出席していた五月一日には、フセイン大統領が昨年出版し、ベストセラーとなった小説『ザビーバと王』が、パレスチナ生まれの詩人アディーブ・ナシールにより戯曲として脚色され、ラシード劇場で上演されていた。フセイン大統領はさらに小説を二つ、『難攻不落の砦』と『男たちと都会』も発表している。
 何はともあれ、西欧のメディアで描かれているサダム・フセイン像と大分違う。
 大統領の誕生祝いに参加した青年男女、市民の表情は、複雑な国内の宗派、民族の相違を克服して、幼稚園から大学まで無料、医療費もほとんど国庫負担、住居その他民生の向上に力をそそぎ、今日、アメリカに膝を屈しない国にまで育て上げたことへの感謝の気持ちを伝えようという熱気がうかがわれていた。そして、イラクに対するアメリカの不当な抑圧政策のへの怒りがその心の底にマグマのように燃えているからであろう。
 筆者が感銘しているのは、発展途上国では類のない児童文化の育成に力を尽したり、識字運動への熱意で、ユネスコから過去に二回も表彰されている。
 実は、この先頭に立ったのは外ならぬサダム・フセイン大統領である。それは何故か。それは、生まれた時にすでに父親は他界しており、はじめ小学校にも満足に入れなかった幼い日の悔しさがあるようだ。その背景に苛酷なイギリスの植民地政策があった。彼の貪欲な読書欲、そして祖国再興への使命感は、イラク人に共通する国民性であろう。
 最後に一言。一九七〇年後半には、日本の海外向けプラント建設の四割は、イラク一国が引き受け、日本の駐在員は家族を含めて四千五百人が滞在していた。それがアメリカのイラク空爆支持声明を日本政府が出したために、日本は米英に次ぐ「第三位の敵国?」の栄誉に輝いている。イラク政府はイラクの石油埋蔵の鉱区のいい場所を日本に与えたがっていたのに、今ではその復興事業は、EU、ロシア、中国に回ってしまっている。一方、イラク国民は今でも日本人が一番好きだ。貿易しようにも、第三国を経由しなければならない。中東政策の不在がうらめしい。
 一度、イラクを自分の目で確かめてみませんか。イラクのことについて問い合わせはできる限りお答えします。