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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2002年4月号

WTO農業交渉と日本農民の課題と取り組み

福岡県農協中央会農政営農部長  高武 孝充


(二月二十三日、広範な国民連合・福岡が 
主催して行われた高武氏の講演『WTO 
農業交渉と日本農民の課題と取り組み』 
の要旨。文責編集部)

自由貿易を推進するWTO

 一九九五年にWTO(世界貿易機関)が設立されました。昨年末に加盟した中国も含めて加盟国・地域は百四十四です。経済分野の貿易自由化を推進するため、以前のGATT(関税および貿易に関する一般協定)と比べて、加盟国・地域に対して協定の遵守を強く求める機関です。
 WTO協定は十七の協定から成り立っており、農業分野では、農業協定、衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)、貿易の技術的障害に関する協定(輸入農産物、遺伝子組み換え食品の表示など)、セーフガード協定などがあります。
 貿易自由化を強力に推進するWTO体制は、農業や食の安全という面から見れば、まずいことがあります。例えば、農業協定という形で加盟国の農業政策に干渉するという性格をもつ機関です。日本もWTO農業協定に合わせるように、食糧法や新しい農業基本法ができました。食の安全性が保障されないというのがWTOの最大のポイントだと思います。

 今年が山場の農業交渉

 一九九九年十二月、シアトルでのWTO閣僚会議は決裂しましたが、農業交渉は進められてきました。しかし、食の安全に関わるSPS協定は交渉の対象ではなく、今後どうなるのか分からないまま昨年十一月、カタールのドーハで第四回のWTO閣僚会議が開かれ、「ドーハ閣僚宣言」が出されて、WTO交渉がスタートしました。
 「ドーハ閣僚宣言」では、二〇〇五年一月一日までに農業交渉を含めてすべての交渉を終了させるというスケジュールを決めました。ところが、農業交渉は二〇〇三年三月三十一日までにほぼ終わらせるという約束になっており、私たち農業団体にとって今年が山場だと見ています。
 その中で、日本はどういうスタンスで取り組むのか。「世界の多様な農業が共存できる」ことを実現するための「食糧安保」と「農業のもつ多面的機能」が、わが国の農業交渉での基本哲学です。しかし、この基本哲学で乗り切れるのか。私は少し否定的に見ています。
 現場からすると、米の生産調整(減反)をやっているのに、なぜ七十六万トンも外国産米を輸入しなければならないのか、ミニマムアクセス(最低輸入機会)というWTO協定は理不尽だという怒りがあります。減反政策は三十年も続き、全国の水田面積約二百七十万ヘクタールのうち、減反面積は約百万ヘクタールまで拡大しています。いま福岡県全体で作っている米は二十〜二十一万トンですが、その三倍強が外国から入ってきています。輸入量が多いのはアメリカ、タイ、中国、オーストラリアの順です。中国の黒竜江省では、日本への輸出を意識してジャポニカ米が作られています。中国の現地価格で米一キロが一元(十六円)ですが、日本の品質とあまり変わらない。これが大量に入ってくると、日本の米農家は全部つぶれてしまいます。そういう危機がすぐ近くにあります。いまは関税で守っていますが、今回のWTO農業交渉でどうなるのか、これが私たちの最大の関心事です。
 農産物輸入には日本の商社が関わっています。日本の商社が、米や野菜の種を中国に持っていって、日本人に合うような作り方を中国の農家に教え、商社が中国現地で買い付けて六割以上の手数料をとって日本に持ってくる。そういう問題が農業問題の根底にあります。韓国のパプリカも同様です。中国や韓国の農民が裕福なわけではありません。輸入農産物が増えるほど、日本の農家がつぶれるという構図になっています。
 農産品を含めて完全自由化にしていいのか、という問題意識を私たちはもっています。賃金水準が同等でないと競争になりません。中国の人件費は日本の二十分の一です。輸送コストなどを含めても価格競争では、とても勝負にならないというのが今の日本農業の現状です。米の関税率がどうなるのかなど農業交渉の推移が大きなポイントです。
 日本の交渉力は弱いので、最後のつめの甘さがいつも出てしまう。官僚を含めて妥協させないためには、農業団体だけでなく、全国民的な運動展開が必要だと思います。

 国内の農業政策

 WTO体制になって国内の農業政策は、かなりでたらめになっています。一つは食管法が廃止されて食糧法(九五年十月施行)ができました。米価格を政府が決定していた食管法から、米の価格は市場原理にまかせる食糧法になりました。食糧法以降、米価は下がり続けています。福岡の「ひのひかり」が一俵(六十キロ)で約一万五千円、食糧法直前からすると五千〜六千円下がり、完全にコスト割です。十二ヘクタール、千俵の米専業農家では、この二〜三年で米販売額が三百〜四百万円減少しました。農業機械への投資もあり農家経営は相当深刻になっています。
 次に、食料・農業・農村基本法(新農基法、九七年七月施行)ができました。新農基法は、売れる米、売れる農産物を作れという市場原理が基本で、その上で多少の対策をする。米価が下落したとき補てんする「稲作経営安定制度」です。しかし、補てん基準価格は過去三年間の平均価格であり、下落続きの中で導入されたため、米価下落による減収をカバーできません。米価下落は、サラリーマンの賃金カットと同じです。
 米を含めて農産物価格が消費者にとって安いのは構わないと思います。どこの国でも農産物価格は下がっています。ただ、アメリカやEUなどでは、それを補てんする政策があります。例えばEUでは、仮に三百万円の減収があれば国から環境対策として三百万円が直接補償される。つまり農産物の価格は下がっても、農家がつぶれないように別の政策でカバーしています。日本の食糧法は、価格を下げるだけで、農家がやっていける対策がありません。

 セーフガード問題

 輸入の急増が国内産業に壊滅的な打撃を与えないように関税を上げたり、輸入量を制限して一時的に輸入増にブレーキをかける制度がセーフガードです。農産品が対象の特別セーフガードとすべてのものが対象の一般セーフガードがあります。
 九七、九八年以降、中国からネギや生シイタケなどの輸入が急増しました。日本国産の価格は約四割下がりました。そこで一昨年夏以降、農水省に対して一般セーフガード発動の要請を行ってきました。
 一般セーフガードの発動条件は厳しく、輸入がどの程度増えたか、価格がどれだけ下がったか、産地はどの程度減収になったか等を一年間くらいかけて国が調査して、証明する必要があります。日本は対米従属型ですから、アメリカに遠慮して一般セーフガードを発動したことはありません。今回は相手が中国でしたが、政府は調査段階から渋っていました。二〇〇〇年十二月にやっと政府が「調査する」と宣言しました。そして、ネギ、生シイタケ、畳表の三品目について、二〇〇一年四月二十三日から二百日間セーフガード暫定発動となりました。しかし、政府は政治判断で本発動を見送りました。
 暫定発動をどうみるのか。ネギや生シイタケの需要は十一月以降の冬場です。ですから、需要が増える期間を外した二百日の暫定発動は、七月の参議院対策だったと思います。
 日本の暫定発動に対して中国が、昨年六月に自動車、携帯・自動車電話、エアコンに対して一〇〇%の特別関税という対抗措置をとりました。この対抗措置で、「対中国貿易額で約五百億円のマイナスになった」「農産品はたかだか四十〜五十億ではないか」と関係業界が動き出した。こういう背景で本発動が見送られたと思います。
 アジアとの共生を考えれば、中国、韓国、日本の間で農産物の輸入量調整が必要だと思います。いま中国は穀物自給率が一〇〇%をこえましたが、今後は肉消費の増加によって、穀物が不足してくる。競争だけではお互いのためにならないと思います。政府間か農業団体も含めた民間かは別にして、調整する時代がくると思います。

 食の安全性を脅かすグローバル化

 グローバル化が進むと食の安全性の問題が重要になってきます。結論的には、グローバル化とは食の安全が保障されない時代だと思います。
 WTO発足に伴って農産品の貿易自由化を側面から推進するために「衛生植物検疫措置に関する協定」(SPS協定)が締結されました。この協定によって、FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)の合同食品規格委員会(コーデックス委員会)が貿易に関わる食品等の国際規格を決めることになった。コーデックス委員会には約千六百の団体が入っていて、その中心は多国籍企業で発言力が強く、農産物が輸出しやすい規格・基準になりがちです。例えば、危険性を示す明確な科学データがない限り安全と見なされ、各国の安全基準をこの国際規格に合わせなければなりません。
 日本は他国と比べて、残留農薬問題も含めてかなり厳しい食品の安全基準をもっていました。ところが、WTO発足に前後して、九五〜九六年に食品衛生法や植物検疫法を改正しました。一つは、食品添加物や残留農薬基準などを緩和しました。もう一つは輸入農産物の検疫制度を緩和しました。国自らが行っていた輸入農産物の検査をやめて輸入業者に検査命令をする方法に転換しました。監視のための五%のサンプル検査以外は民間にまかせ、あとは書類検査です。検査結果が出る前に輸入食品が市場に出回るという事態になっています。
 輸入食品を検査する「食品衛生監視官」は二百七十人、植物の病害虫などを検査する「防疫官」は二千二百〜二千三百人(アメリカでは約六千人)しかいません。例えば、門司税関では、防疫官六名、食品衛生監視官は一名しかない。輸入量が増えているのに、検査する人をさらに減らそうとしています。これでは輸入農産物の安全性をチェックすることはできません。
 ここ数年、O157やBSE(牛海綿状脳症)など、これまで日本になかった病気が増えています。食品の安全性を強化したり、輸入食品の水際のチェックを強化しないと、大変なことになってしまうのではないか。これが一番心配なことです。

 地元の農産物を地元で消費

 農家は外国農産物との価格競争にさらされていますから、運動の視点を足元においた地場の農産物を地場で食べるような地産地消運動を取り組んでいます。具体的には、学校給食、朝市、直売所などです。私たち農業団体が一番弱かったのは学校給食への対応です。人間の食習慣は五歳から十三歳までにほぼ決まります。戦後、アメリカの余剰小麦が日本に大量に入ってきてパン食の学校給食になりましたが、パン食で日本の食が失われたと思います。米など国内農産物消費拡大のためにも、学校給食に米をはじめ地場の農産物を増やしていく、地場の食料を食べるもらうような運動を大事にしたい。
 日本の食料自給率は四割。六割が輸入食料です。経済合理性だけでやってきた結果です。輸入食料が多いため食の安全性が保障されず、消費者と生産者が離れています。この距離を縮めるためにも、有機農法・減農薬などこれまで以上に安全性を重視した農産物づくりに取り組み、消費者に食の安全性を保障する。あわせて、安全性の面から消費者に情報を発信する必要があると思います。
 生産現場も大変ですが、グローバル化の中で消費者の食の安全性が脅かされる大変な時代になっていると思います。消費者のみなさんとしっかり連携していきたいと思います。