国民連合とは月刊「日本の進路」地方議員版討論の広場集会案内出版物案内トップ


自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2002年3月号

国民負担増の医療制度改革は限界

公費負担増以外に国民の医療は守れない

九州大学大学院人間環境学研究院助教授 伊藤周平


 国民負担増の「小泉改革」

 国民の医療費は約三十兆円です。そのうち七十歳以上の高齢者の老人医療費が約十一〜十二兆といわれ、高齢化の中で増え続けています。
 以前は、七十歳以上の高齢者の「老人医療制度」は、老人福祉ということで全額税金で負担し、高齢者の負担は無料でした。それが、一九八三年に現在の「老人保健制度」になり、公費負担を三割にしてしまった。医療保険には大企業従業員らの組合管掌健康保険(組合健保)、中小企業従業員の政府管掌健康保険(政管健保)、公務員らの共済組合、それに自営業者らの国民健康保険(国保)などがあります。老人保健の残り七割は各医療保険からの拠出金(老人保健拠出金)で支える仕組みとなりました。
 いま問題になっているのは、老人保健拠出金がどんどん増えて、各健保組合の財政を圧迫していることです。健康保険組合の八割が赤字といわれ、政管健保も積立金がなくなって、もうすぐ枯渇します。
 小泉「医療制度改革」は、来年四月からサラリーマンの医療費の自己負担を二割から三割に、政管健保の保険料を年収ベースで七・五%から八・三%に値上げするという内容です。
 また、今年十月から高齢者の患者負担が定額制から一割負担となります。しかも、難病など高額療養制度は償還払いですから、どんなに高額でも窓口で一割負担をせざるを得ません。上限をこえた分は、あとで請求して払い戻されますが、二〜三カ月後です。ですから、病院に行くことを我慢する人たちが増え、一番医療を必要とする人たちを排除することになります。
 高齢化が進むと医療費が増えるのは当然です。しかし、政府は財政危機を理由に医療費を抑制するため医療費の公費負担を減らそうとしています。公費を減らすと、窓口での患者負担増か、保険料引き上げの選択肢しかありません。国は憲法二五条で福祉や社会保障の責任がありますが、その責任を放棄する政策を行っています。この政府の政策は、八三年の老人保健法以降、一貫しています。九七年の橋本内閣の六大改革は破たんしましたが、医療や福祉など公費削減という社会保障改革だけは継続されました。当時の小泉厚生大臣は二〇〇〇年の医療制度ビジョンの中で、健保の本人三割負担を打ち出しました。現在の「小泉改革」もこの方向は一貫しています。「改革」の名で公費削減と国民負担増を進めるもので実際は改悪です。
 銀行には何十兆円も投入するのに、国民の命にかかわる医療になぜ公費負担を増やさないのか。薬価問題などの抜本的改革もせず、患者負担や保険料値上げという負担増はもう限界です。患者負担を増やせば病気でも病院に行けない、保険料を上げれば保険料を払えない人たちが増えるだけで問題は解決しません。
 マスコミは、三割負担を掲げる小泉対抵抗勢力・族議員という構図として描き、三割負担など国民に負担を強いる小泉首相を美化しています。しかし、三割負担に一番反対しているのは国民なんです。とくに高齢者にとっては負担増は深刻な問題です。マスコミの報道からは、負担増に反対する国民の痛みの声が全く聞こえてきません。

 矛盾が集中する国保

 医療保険の中でとくに矛盾が大きいのが国保です。医療保険のうち四割近くは自営業者や年金生活者が加入している国保です。リストラや倒産などで、政管健保と健保組合の加入者は減っています。定年退職者も含めて国保への加入者が毎年百万人単位で増えています。全国の国保加入者、二千百九十五万世帯(二〇〇一年三月末)のうち、実に三百八十九万世帯(二〇〇一年六月現在)、一七・七%が保険料が払えない滞納世帯です。不況やリストラの急増が背景にあります。
 さらに二〇〇〇年四月の国保法改正によって、一年以上滞納した場合は保険証返還が義務付けられました。返還世帯には、医療機関の窓口で医療費全額をいったん支払い、あとで保険給付分(七割)の還付を受けられる「資格証明書」が交付されます。しかし、全額支払えず、病気やけがをしても治療を受けられないケースが広がっています。
 昨年四月には、北九州市の三十二歳の女性が病気で働けなくなり、夫も勤め先が倒産、国保保険料を払えないため一年間も病院に行けず、救急車で運ばれた二日後に死亡するという事例が西日本新聞に載っていました。こういう状況が全国で広がっていますが、マスコミで報道されることはめったにありません。
 一般に保険はリスク分散が必要です。つまり、医療にかかるリスクが高い高齢者が多い国保は保険料を高くしなければ成り立たない。ところが国保加入者の四七%は無職です。厚生白書でも高齢者の七割が住民税非課税というデータがあります。リスクは高いのに支払い能力がありません。保険原理が適用できないんです。高齢者の医療費は増えるので、保険料を上げるか患者負担を増やすしかない。保険料を上げれば滞納者が増加し、ますます財政的に赤字になる。国保はこの悪循環が断ち切れないんです。もしやるのなら、イギリスのようにすべて公費で運営することです。公費負担を増やさない限り、医療から排除される低所得者など弱者が増加するのは誰にでもわかることです。

 低所得者や弱者を差別する政策

 若者がホームレスを襲撃する事件がありました。ホームレスに注意されたことに頭に来たと報道されています。ホームレス=社会的脱落者という感覚の若者が増えていると思います。社会全体に、倒産したり失業する人は努力不足、自己責任だという考え方が蔓延しています。竹中平蔵・経済財政政策担当は、著書の中で強者優越論を展開しています。世界ではアメリカは人殺しをやっており、日本は自衛隊を派遣して支援する。弱肉強食の政策、低所得者や弱者を差別するような政策が行われていれば、若い人に弱いものいじめは悪いといってもぜんぜん説得力はありません。
 税制も所得税や法人税の最高税率をどんどん引き下げています。さらに政府税調では、課税最低限の引き下げや消費税引き上げが検討されています。応能負担の原則からすれば消費税引き上げなどはやめて、所得税や法人税の累進税率を強化すべきです。
 医療や介護についても応能負担の考え方が崩されています。最低生活費しかない人、非課税の人たち、収入がない人も負担が強いられています。その結果は、医療や介護から弱者が脱落していきます。公費負担の削減を認めれば、医療・介護をする側に負担をかけるか、患者側に負担かけるか、両方の負担増という道しかありません。医療や介護をする側の負担贈は医療事故・介護事故につながり、患者負担増は弱者の介護・医療からの排除という結果につながります。

 国民の医療を守るのは国の責任

 国民健康保険を全部税金でやるなど、医療保険制度を抜本的に変えないと解決しません。そこまでいかなくても、約三十兆円の医療費のうち、約十兆円の公費負担を十五兆円程度に増やせば随分改善します。患者の負担増や保険料引き上げも必要ないと思います。大銀行に何十兆円もつぎ込んだことを考えれば、国民の命にかかわる医療にその程度の公費負担をするのは当然です。そういうビジョンを示せば、国民も納得すると思います。
 日本の国内総生産(GDP)に対する医療費の割合は七%強で、OECD加盟二十八カ国のうちで二十番目くらいです。アメリカが一番高くて一四%、ドイツもかなり高い。一番安いのは公費(税金)でやっているイギリスです。医療費の三十兆円は、日本の経済力からみると大きい額ではありません。
 また、医療の問題は非常に複雑でわかりにくく国民的議論がやりにくい。医療保険の種類が多く、自分の加入している医療保険は知っていても全体の状況は分かりづらい。高齢者の場合、かかる病院の規模で患者負担の額が違います。医療問題全体を検討しようとしても複雑すぎて、思考停止になってしまう。そのために、公費負担を増やすには増税=消費税の二桁引き上げしかないという政府の見解に反論しづらく、患者負担増や保険料引き上げしかないという議論に誘導されてしまいます。ですから、公費負担増を前提に国民全員が入るような、保険料を所得の定律にしたシンプルな制度にすべきだと思います。
 高齢化が進めば老人医療費が増加するのはやむを得ないことです。国民の命にかかわる医療や福祉に、必要な公費をつぎ込むのは当然です。国民の医療を保障するのは行政の仕事です。国民の命を守るのは国の責任だという世論を高め、医療のビジョンを示していくことが大事だと思います。(文責編集部)