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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2002年1月号

広範な国民連合第9回全国総会記念講演(要旨)

いまの国際情勢と日本

元インド大使  野田 英二郎


 つい先日、中国に出張で行ってきました。日本は九月十一日の事件以後、アメリカのアフガニスタン空爆にあわせて、一緒に戦争しているような雰囲気になっています。しかし、中国に行ってみると、そんな雰囲気はありません。中国は自分の考え方を持って堂々と内政外交を処理しており、自信とゆとりが感じられ、さすがに大国だと思いました。それに比べると、日本は経済大国と言いながら、依然として自主性に乏しく、大国とはとてもいえません。

 九月十一日事件と米国の対応

 九月十一日の事件では、ニューヨークとワシントンが攻撃され、何千人もの方が亡くなり、その中には日本の方もいました。遺体がまだ建物の底にあるようです。アメリカの世論が激高しているのは十分理解できます。しかし、アメリカ政府は、証拠も示さず、アルカイダに責任があり、ビンラディンが首謀者であると断定し、アルカイダをかくまっているタリバン政権はけしからんということで、ブッシュ大統領は予備兵も召集して、アフガニスタンに大規模な軍事攻撃を開始しました。アメリカは本当に戦時体制のようです。
 アメリカは十月八日以降、すでに一万発のミサイルや爆弾を投下したと報道されています。これは第一段階で、第二段階はイラクやその他の国への軍事攻撃だということが、新聞に書かれています。ブッシュ大統領は国際テロを根絶すると言っていますが、そもそも何をテロとかテロリストとか呼ぶのか、その肝心の定義がはっきりしていません。アメリカの戦争目的は本当は何なのか、何を追求しようとしているのか、それが明らかにされないまま大規模に軍事行動が進んでいます。
 九月十一日のような事件が起こった背景にはいろいろな問題があります。九月十一日に歴史が始まったわけではありません。アメリカの中東政策との因果関係があります。アメリカ国内では、そういう背景を説明したりすると「お前はテロを是認するのか」と言われ、非国民扱いされるような雰囲気だということです。最初は歯切れのいいことを言っていた人も、いくらか筆をまげて書くようになっています。アメリカがそれだけ戦時体制になっているということです。
 パレスチナ問題は旧約聖書から始まっています。神がユダヤの民に与えると約束した土地がイスラエルだと信じられています。そしてパレスチナ人は追い出され、そこにイスラエルという国家がつくられました。しかし、約束の土地とは天上の神の国のことであって、物理的な土地をさしているのではないという考え方もあります。何れにせよ、アメリカはイスラエルとパレスチナの衝突において、一方的にイスラエルを支持してきました。それが今回の事件の背景のひとつです。
 アメリカが事件の首謀者だと言っているビンラディンという人は、もともとサウジアラビアで有名な企業家だった人ですが、アフガニスタンにソ連軍が入ってきた時に、これを追い出すためにアメリカ当局が資金を提供し、訓練したムジャヒディンの一人です。テロ事件の実行犯として名前があがっている十九人の中にもアフガニスタンの人はいません。大部分がサウジアラビアの国籍です。サウジアラビアはアラブの中で最もアメリカに近いと言われてきましたが、メッカというイスラム教の聖地のある国であるのに、湾岸戦争が終った後も米軍がサウジアラビアから出ていかないため、イスラムの多くの聖職者はアメリカに強い反感を持っており、このことがサウジアラビアの王室にも政府当局にも強い影響を与えています。
 このような背景がある上に、世界で最も貧しいアフガニスタンのような国に爆弾を落としているわけですから、アメリカに対する憎しみはイスラム世界では、かえって強まっているのではないかと思います。武力による威嚇によって、政治問題を解決できないことは、日本もかつての侵略戦争で学んだ教訓です。


 国際社会と日本の対応

 中国はもちろん、ヨーロッパのかなりの多くの国は、アメリカの行動を冷静に見ています。ローマ法王は、事情はなんであれ世界の分裂や憎しみを増大してはならないと、非常に強く言っています。中国は最初から、テロに対抗して、これと戦うことは支持するが、目標を限定して責任のない人に被害が及ばないようにしなければいけない、国連の主導の下に事態に対処すべきであると、くりかえし強調しています。十月の上海APECでは、このような中国の主張が反映して、非常に抑制の利いた首脳会談のコミュニケが出されました。このように国際社会はアメリカに自制を求めています。アメリカの軍事攻撃は、そうでなくても世界の経済が悪くなっている時に、経済をますます悪くする効果もあります。
 日本はどうかというと、アメリカを無条件に支持しているとの印象です。テロ特措法をスピード審議で成立させ、今までの議論の積み重ねを無視して、自衛隊を派遣できるようにしました。テロ事件を奇貨として海外派兵をやりやすくするようにしてしまいました。
 日本国憲法を文字通り解釈すれば、自衛隊を持つこと自体に問題があります。自衛隊はいわば憲法以前の自然権によって、厳格に専守防衛のために、個別自衛権を守るためということで、存在を許されている。それが日本の自衛隊です。ところがテロ特措法によって、「武力行使をしない」と言いさえすれば、世界中どこにでも行けるようになったわけで、これはどう考えても、自衛隊が許されている基本からの明確な逸脱であると思います。こんな逸脱をしてはならないという議論が、国会内でもっとあっていいと思います。しかし、そういう気配が日本の政治指導者に見られないのは、残念なことです。再びアジア諸国の猜疑心や不信感を引き起こすような自衛隊の派遣は不適切でした。アジア諸国との間で、歴史教科書の問題や靖国神社の問題は全く解決していないのです。中国も韓国も今は抑制しているだけで、日本に対する不信感はむしろ強まったかも知れません。

 アジアは不安定か?

 一九九〇年代以来、もう米ソの冷戦は終了しているのに、アジアには不安定要因があるとくり返し強調されてきました。その一つは朝鮮半島の問題です。しかし、ご存じのとおり、去年の六月十五日に、韓国の大統領と北朝鮮の指導者が首脳会談を行いました。その結果、すぐに統一に進むということではありませんが、今後は平和共存で南北朝鮮の間で経済上の協力を中心に話し合いをしていこうという体制ができました。少なくとも南北朝鮮が再び戦争に訴えることは決してない、ということがはっきりしたわけです。したがって、南北朝鮮の問題が国際緊張を高める可能性はゼロに近くなっており、アジアの不安定要因ではなくなったと思います。
 もう一つの不安定要因と言われているのが、台湾海峡の問題です。しかし、上海などに行ってみるとよく分かりますが、台湾の企業がどんどん大陸に進出して、工場を開いています。台湾から大陸への投資は、契約ベースで二〇〇〇年末現在の累計で四百八十億ドルにまでなっています。アメリカの投資は六百億ドルですから、アメリカには及びませんが、台湾が二番目です。日本の投資三百九十億ドルをしのぐ額です。台湾からたくさんの人が大陸に留学したり、大陸の合弁企業で働いたりして、台湾に戻らずそのまま大陸で生活するという人も多くなっています。大陸に進出して仕事をしている台湾の実業家の中で、中国共産党に入党を希望している人もいるそうです。中国共産党は、経済を活性化するために企業経営者も入党させようという動きになっていますから、台湾実業家の入党という考え方が出てきてもおかしくないわけです。このように中台関係は、すでに実質的に変容してきており、もう先がみえてきたと楽観するむきさえあります。このように、朝鮮半島にせよ、台湾海峡にせよ、アジアの不安定要因は消滅しつつあります。
 さらに、九月十一日の事件で、アメリカは中国の協力を求めざるを得なくなり、上海APECで米中の関係改善が大きく進みました。いわゆる冷たい戦争は、ヨーロッパのみならず、アジアでも本当に終わったとみてよいのです。

 アジアの発展と中国の外交

 このように、アジアは全体として安定に向かっています。特に、アジアの域内での連帯協力が発展していることは喜ばしいことです。
 アジアにおける域内貿易は、域外との貿易よりも多くなり、域内貿易への依存度がすでに五〇%を超えています。アジアの中の平和的な共存共栄、経済的な相互依存関係が深まっていることの現れです。中国とASEANとの間でも自由貿易圏をつくろうという動きも始まりました。
 特に注目されるのは、中国のイニシアティブで、六月十五日に上海で発足した「上海協力機構」です。これは近くの国同士が第三国に敵対するのではなく、政治・経済・文化・環境などいろいろな問題で協力しながら「パートナーシップ」を作っていこうという考え方で、中国、ロシア、中央アジアの国々がつくったものです。今後の国際社会は「同盟」ではなく、「パートナーシップ」でやっていこうという考えを打ち出しています。日本も高く評価すべきだと思います。
 この一年間を振り返ってみますと、中国の外交は非常に大きな成果を上げていると思います。それに比べると、実に残念なことですが、日本の外交はあまり機能していないように思われます。
 十一月中旬に、中国の海南島に行きました。その海南島では四月一日に、米中の軍用機の衝突事件が起こりました。アメリカの偵察機が中国を偵察している時に、それにスクランブルをかけた中国の戦闘機と衝突したのです。戦闘機は墜落して、中国の将校が一人亡くなりました。この時、中国全土は非常に緊張しました。多くの国民がデモを行って、アメリカを激しく非難しました。中国政府はそれを抑えて冷静に対処し、結局、大事にはいたりませんでした。中国の非常に冷静な態度によって、米中関係はおさまったわけです。
 六月十五日には、前述した「上海協力機構」ができました。七月十三日には、モスクワにおいて、二〇〇八年の夏季オリンピックを北京で開催することが決まりました。十月二十日には、上海APECが開かれ、成果をあげました。十一月に入ると、カタールで開かれたWTO閣僚会議で、中国のWTO加盟が決まりました。
 中国外交がこのように大きな成果を収めたことは、アジアの安定と経済発展にとっても好ましいことです。明年に日中国交正常化三十周年を迎えるわが国も、隣国として喜ぶべきことだと思います。日本も中国の外交の成果に祝意を表し、評価して、できることでは協力していくべきだと思います。

 日本はどこへ行くか

 このようなアジアの中で、日本はこれからどう歩んでいくのでしょうか。真剣に考えなければなりません。
 加藤周一先生が今年の初めに、日本は二十世紀に二つの過ちを犯した、と書いておられます。一つは、一九四五年の終戦まで、明治・大正・昭和の時代に、植民地統治や侵略戦争によってアジアの人々に非常に大きな苦痛と損害を与えたことです。もう一つは、終戦後からすでに五十年もたっているのに、歴史問題でアジア諸国との信頼関係を確立することができないまま、二十一世紀に入ってしまった。これは本当に恥ずかしい。この二つの過ちをしっかり念頭においてはじめて、日本の将来が開かれるという趣旨でした。私はまったく同感です。
 「つくる会」の教科書は、戦前戦中の過ちを反省しようとしないのみならず、惨たんたる失敗をした昔の「大日本帝国」をことさらに美化して愛国心をもたせようとする内容です。これに対しては、たくさんの方が声をあげ、反対運動をして下さったので、採択率が〇・〇三九%という極端に低い結果になりました。文部科学省があのような教科書を検定で合格させたこと自体が、とんでもない間違いです。政府は「あの教科書に書いてあることは政府の考え方ではない。政府の考え方は村山談話の通りだ」と言っていますが、これは説明になりません。政府は間違っていたけれども、「つくる会」の教科書が、いわば反面教師となって世論が盛り上がり、民間の幅広い努力によって低い採択率に抑えたことは、非常に嬉しいことです。韓国や中国も、これに注目し、日本の民間の幅広い良識を評価しています。
 しかし最近は、「テロ対策」のかげにかくれて歴史問題をうやむやにしているように思われます。憲法を無視した自衛隊派遣のような動きも出てきました。教科書問題と同じように、このような動きを反面教師にして民間から世論を盛り上げ、国会の論議にも反映させることができないだろうかと思っています。私は昭和二年生まれですから、日中戦争や太平洋戦争の頃のことを覚えています。とても暗い時代でした。あの暗い時代の体験を持っている者は、それを後の若い人たちに伝える責任があります。日本が再びあのような間違いを起こさないようにしなければいけないと思います。
 また、今度のアフガニスタン戦争で、在日の米軍基地が日本の安全のためでなく、主として、アメリカの戦略のために存続していることが、いよいよはっきりしたのです。そして冷戦はもう本当に終わっているという認識が広まれば、「安保はいらない、基地もいらない」という世論がこれからますます広がることが期待できるでしょう。そして本当に平和を追求する日本にする、という方向に進んでいくべきだと思います。
 アメリカはアフガニスタンへの軍事攻撃で、軍事力でも政治的影響力でも、とびぬけて強いということがはっきりしました。自国の力だけで独走できる唯一の超大国だとの自信がみえます。しかし、アメリカの影響力、政治力が本当に強いのかと考えてみると、疑問だと思います。アフガニスタンと同じイスラム諸国のほとんどが、アメリカに強い不信感を持っています。ヨーロッパでもアジアでもほとんどの国はハラハラしながら見ています。さらに、アメリカの経済の問題もあります。アメリカの権威は峠を越したのかも知れません。そして世界全体の状況は、多極化に向かっているのではないでしょうか。日本はアメリカの友好国として、アメリカがあまり独走しないよう助言することも考えるべきでしょう。
 日本は世界の状況を踏まえて、自らの自主的な判断で歩んでいくようにしなければなりません。みなさんの御努力で、日本がそういう方向に進んでいくよう希望します。
  ―2001年11月23日―       (文責編集部)