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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2000年10月号
 

介護保険導入から半年
犠牲者が出る前に抜本的な見直しを


九州大学助教授  伊藤 周平


 介護保険制度がスタートして半年が経過しました。導入前に私は、厚生省の介護保険制度導入のねらいや七点の問題点を指摘しました(「日本の進路」九九年八月号参照)。その時の問題意識は基本的には変わっていません。

一割の利用者負担の重荷

 この期間の特徴の一つは、介護サービスを利用する人が予想以上に少なかったことです。介護サービスを必要とする人が少なかったのではなく、一割の利用者負担が重荷で介護サービスを手控える人が多かったというのが実際です。これまでの措置制度でやっていた人にとっては一割負担は大きな重荷になっています。いろいろな調査をみますと、支給限度額の四割程度しか利用していないようです。
 例えば、要介護五であれば支給限度額の月三十五万円までサービスが受けられるのに、実際には五〜十万円分しか利用していないんです。月三十五万円のサービスを受けるには月三万五千円の利用料を払わなければなりません。とても払えないので一万円くらいに抑えざるをえない。利用者負担が重荷で必要な介護サービスを利用できない。これが実態です。こういう事態は予想していましたが、四割というのは想像以上に低い。利用を手控えた分は、おそらく家族介護に頼っていると思います。つまり家族介護の負担は減っていません。これでは介護の社会化はぜんぜん進みません。
 高齢者といっても所得格差が相当にあり階層化が進んでいます。当然ですが低所得者ほど一割の利用料負担は重くのしかかっています。介護保険制度導入で、これまでの低所得者への措置制度はなくなりました。低所得者は介護サービスを利用できなくなっています。一方、高所得者はこれまでと比較して利用料が安くなっていますから、非常に利用しやすくなりました。所得によって大きな格差が出てきました。

採算が成り立たない事業者

 利用者の予測を立てて事業展開した事業者は、予想より介護サービスの利用が少なかったため経営が苦しくなっています。利用者が少ないために大リストラをやったコムスンのようなことになるわけです。民間企業だけでなく、非営利の社会福祉協議会なども採算が取れていません。赤字です。
 事業者は採算がとれなければ常勤者を削減してパートを増やすなどリストラを進める。ベテランの常勤者に代わって、専門学校出の人や主婦のパートが増える。ヘルパーに試験はありません。百三十時間程度の講習を受ければヘルパーになれます。最近は講習の人数が多くて、回りで実技の講習を見ているだけという状況もあります。企業としては安上がりですからパート化を進めますが、介護サービスの質は当然低下します。介護事故が起きる危険性も増えます。利用者はますます家族介護に頼ることになります。悪循環です。
 今は利用者が介護サービスを手控えていますから、明らかな供給過剰なんです。採算がとれるように介護報酬を高くすれば、保険料や利用者負担が高くなります。ますます介護サービスの手控えが増える。利用者が増えなければ事業者はやっていけない。これも悪循環です。結局、利用者負担をなくすなどの見直しをしないと、介護報酬をいくら高くしてもだめでしょう。在宅事業者の団体も利用者負担をなくすべきだと要求しています。しかし、保険料の変更が必要なので厚生省は認めない、三年間は見直さないと言っています。その間に事業者がどんどんつぶれて行く可能性があります。

六十五歳以上の保険料徴収

 十月からは半額とはいえ六十五歳以上の保険料の徴収が始まります。低所得者を中心にさらにサービス利用の手控えが広がると思います。
 一割の利用者負担と同様に、保険料も低所得者ほど負担が重くのしかかります。厚生省は年収階層別に五段階の保険料のモデルを設定しています。高所得者には高い保険料、低所得者には低い保険料を設定しています。しかし、それでも低所得者にとっては大きな重荷です。所得のない人からも徴収します。月額一万五千円(年額十八万円)以上の年金受給者は年金から天引きされます。年収十八万円というと明らかに生活保護基準以下で、そういう人から強制的に天引きすることは憲法違反です。厚生省は「生活保護を受ければいい」といいますが、実際には資産調査などが厳しく簡単には受けられません。
 一方、所得階層の最高が年収二百五十万円以上に設定されていますので、それ以上の年収の人は一律です。所得の高い人ほど負担が軽い。これでは消費税以上に逆進性が強く不公平です。本人が払えなくても同居している世帯主に連帯納付義務があります。結果的には低年金で生活している人や低所得の高齢者の生活破壊が進むでしょう。
 そういう事情を考慮して、低所得者に対する保険料の減免措置を決める自治体が全国に広がっています。また、低所得者の保険料を全額免除する自治体も増えています。これに対して厚生省は「払わない人がいると保険制度の信頼感がなくなる」と各自治体に文書を出しました。自治体は「保険料徴収は自治事務であり、国が口を出す権利はない」と反発を強めています。自治体と厚生省の溝がますます深まっています。

保険あって介護なし

 サービスがあっても利用者負担のためにサービスを利用できない。また事業者も採算が取れないため撤退するか、パート化などに向かいサービスの質が低下する。ますます利用しなくなる。自治体が事業者になっているのは五%ぐらいしかありません。ほとんど民間企業などが事業者になっています。だから採算が取れず撤退したり、倒産することになれば、地域からサービス提供者がいなくなる。保険料だけ取られ続ける「保険あって介護なし」という状況が広がります。
 十月から六十五歳以上の保険料が徴収されますが一年間は半額です。しかし、払う側からすると来年十月からは二倍になると感じます。高齢者の怒りは高まるでしょう。厚生省としては景気が上向いているので不満があっても強行して定着させようという判断でしょう。しかし、「保険あって介護なし」は実質的な増税ですから消費は伸びず景気はまた下降する可能性があります。
 厚生省は国民が少々騒いでも介護制度を定着させるために強行する姿勢です。高齢者の医療保険も定率負担にしようとしている。厚生省は国民健康保険の保険料でも徴収を強化しています。リストラなどで収入がなくなっても免除しない。生活保護並みの厳しい資産調査をしないと免除を認めません。国保の保険料を払っていない人から徹底して徴収しろと自治体にやらせています。国保の財政支援に六百六十億円をつぎ込みましたが、全部徴収強化の費用です。介護保険も要介護認定など事務的な保険運営のためにお金がかかりすぎる仕組みになっています。非常に非効率です。
 つまり現場で介護する人たちや介護サービスを利用する人たちのために使われるお金が少ない。経費節減ということで自治体の現場も福祉の現場も人を増やせず、犠牲的な労働に頼っています。そういう犠牲的な労働には限界があります。介護事故が起きるか、本人が辞めるか倒れるかという状態になります。ケアマネージャーがいなくなれば給付管理ができなくなります。
 今でも国民健康保険団体連合会の審査支払いシステムがおかしいみたいで、介護報酬の支払いが遅れているようです。事業者が困っています。例えば四月にサービスを提供して、その給付管理表を出して審査されて介護報酬が事業者に支払われるのは早くて六月末です。何かあるとさらに遅れます。中小の事業者は給料が払えなくて、つなぎ資金で乗り切らざるをえない。綱渡り状態です。こういう状態が続けば中小はばたばたとつぶれると思います。
 ドイツの介護保険は赤字になりましたが日本と事情が違います。措置制度はありませんが、日本の生活保護よりももっとすごい緩やかな社会扶助でカバーしています。介護は全部保険でやっていますが、利用者負担はありません。日本ほど深刻な問題は起きていません。でも日本と同様に民間業者にやらせていますので、コスト削減のため介護事故は起きています。

犠牲者が出てからでは遅い

 しかし、一番怖いことは介護事故、あるいは保険料や利用者負担が高いためにサービスを手控えて、高齢者の健康状態が悪化することです。これまでは措置制度で、なんとか助かっていた人が、介護保険になって保険料すら払えず孤独死とか自殺が増えるのではと心配しています。
 現状での可能な改善策としては家族介護者に対する現金給付しかないと思います。家族介護慰労金とは全く別の現金給付をしないと不満が高まると思います。市町村も現金給付を望んでいます。ただ厚生省は認めないでしょう。現在のままだと利用者負担があるためサービスを手控えたり、サービスが足りず最初から申請しない人もいます。しかし、現金給付となると全員申請すると思います。現金給付を認めると支出が増えますので厚生省は反対します。
 今まで在宅でなんとか生活できていた人も介護保険になって変化が起きています。要介護五といっても三十五万円までのサービスしか受けられません。重度の障害を持っていて家族介護に頼らない人が約七十万人おられます。今までは在宅で暮らせた人が暮らせなくなって施設に流れています。ところが老人福祉施設も足りませんから、医療機関に入らざるをえない。結局、社会的入院は減りません。ますます医療保険の負担が増える。厚生省がねらっている医療負担軽減につながらない。医療費を抑制するには薬価などに手をつけたいが、実際は手がつけられない。結果的に患者負担増に進むことになります。やがて、行き場のない人が増えて、最悪の場合、孤独死や自殺などが増えて社会不安になります。
 犠牲者が出てからでは遅いんです。選挙の争点にして、政治主導で変えさせる必要があります。厚生官僚は選挙民の不満を無視するでしょうが、政治家は選挙民の不満を無視できません。だから来年の参議院選挙の争点にしていくべきです。

抜本的な見直し議論を

 厚生省は介護保険制度を定着させるために、家事援助の利用を制限したり、なるべく本質的な議論をさけようとしています。しかし、本質的な議論をせず問題を先送りすれば、傷口は広がるだけだと思います。どうにもならなくなったら最終的には消費税の大幅増税、福祉目的税ということになる可能性があります。
 犠牲者が出てからでは遅いんですが、犠牲者が出ないとマスコミの論調も変わりません。介護事故は隠される場合が多いと思いますが、現状をちゃんと伝えていく地道な運動が必要だと思います。
 犠牲者を出さない抜本的な改正が必要です。「国民が待ち望んでいる」と宣伝された介護制度が導入されました。しかし、所得が低くて保険料や利用料を払えない人がサービス利用から排除されるような制度を国民は望んでいません。現状では家族による介護地獄からの解放も実現しません。
 そもそも介護保険制度を導入した厚生省のねらいは公的負担でやっていた福祉を保険制度にして公費支出を削減すること。さらに介護保険をモデルにして医療も含めた社会保障への公費負担を減らすことです。財政赤字を理由にしていますが、一方では政府は銀行救済を続け、公共事業の抜本的削減には本格的に手をつけていません。高齢化が進めば医療や福祉に費用がかかるのはしかたがないことです。国民の命や健康にかかわる医療や福祉は公費支出が当然だと思います。犠牲者を出さないためにも、抜本的な見直し議論が必要です。(文責編集部)