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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2000年10月号
 

日米安保はいらない
米軍基地もいらない
―日米の友好にもマイナス―

元インド大使  野田 英二郎


 日本政府は、ことあるごとに国連の安保常任理事国になりたいと発言しています。多額の国連の分担金を払っているとか、世界の経済大国だからというのがその背景でしょう。しかし、日本がアジアの中でどういう国でありたいのか、中国や韓国とどういう関係を持ちたいのか、基本のところがはっきりしません。他の国から見て、日本は本心を言わないで何か企らんでいるのではないかと不信感をもたれているのではないか。それは日本自身に自主性が乏しいからであり、背景に日米安保があるからです。

森首相のインド訪問

 最近の二、三の出来事をふりかえりながら日本の外交を考えてみたいと思います。
 八月二十九日、森首相がインドを訪問しました。インド政府は森首相を歓迎し、日本政府も成功だったと発表しています。日本の首相の十年ぶりの訪印でしたし、経済上の協力交流の促進などが合意され、両国間の雰囲気の改善には役立ちました。しかし、日本の発言権のなさ、政治的重みのなさが際だちました。
 その理由はやはり核問題です。インドの新聞の社説には「日本はいつまで核の問題ばかりいうのか。日本は偽善的だ」というさめた反応がありました。一九九八年にインドが核実験を行ってから、日本はあらゆる場で「インドの核実験はけしからん。懲罰すべきだ」と言い続けました。このため、大きな感情的しこりが残りました。あまり知られていないことですが、インドは一九六〇年代に、アメリカに核の傘を要求しましたが、アメリカはこれを供与しませんでした。インドは、「核実験はけしからんと言いながら日本はアメリカの核の傘の中にいるではないか」また「日本政府のいう『非核三原則』は空文ではないか。核兵器を搭載したアメリカの艦船が日本に入港しているのに黙認している」と批判しています。
 アメリカの核の傘の中にいながら「唯一の被爆国として核兵器廃絶を求める」日本政府の発言は説得力がありません。核の問題で、ヒロシマ・ナガサキの経験をいうのは充分に理由がありますが、日本自身、戦争中、原爆を開発しようと努力したが、できなかった。できていたら米国に対して使用していたでしょう。国際政治であまり聖人君子のような顔をしない方がよいと思います。そして、相手の立場にも立った雅量が必要です。

沖縄サミット

 更にさかのぼると、七月二十一〜二十三日には沖縄サミットがありました。沖縄での開催は初めから無理があったと思います。故小渕首相は、沖縄に対する「万感の思い」があって沖縄開催を決められたと思います。これには敬意を表します。しかし、沖縄への思いがあることと、サミットを沖縄で開催することは必ずしも結びつきません。サミットは先進国共通の諸問題を首脳たちが討議する機会です。政府は、国内政治上沖縄に対する配慮を示すという判断があったと思います。しかし、他国の首脳には関係のないことです。クリントン大統領が来たからといって沖縄の基地問題が解決するわけではありません。逆にクリントン大統領は沖縄で、「沖縄の基地はアジア太平洋地域の安全にとって重要だ」と演説しました。四年前の一九九六年四月の日米安保共同宣言のとき、クリントン大統領は横須賀の米軍基地に行って米兵を激励しました。今回の沖縄でのクリントン発言も基本的にはまったく同じ趣旨です。
 サミットでは八百二十億円という膨大な経費が使われ、イギリスなどから批判が出ました。実際にサミットでは、最貧国の債務問題、IT問題、環境問題など膨大な文書が出されました。これらを作成した事務当局の御苦労には敬意を表しますが、重点は何だったのか、日本は何を言いたかったのか、もうひとつはっきりしません。とくに政治面ではロシアのプーチン大統領が直前に北朝鮮を訪問して金正日氏のメッセージなるものを持参するなど脚光を浴びたのにひきかえ、朝鮮問題も含めて議長国である日本の存在感は大きくなく、むなしい印象も残りました。

歴史的な南北朝鮮首脳会談

 六月十三日からの金大中・金正日両首脳の会談は、戦後のアジアの中で非常に重要な歴史的な出来事です。六月十五日の共同声明、その後の閣僚会議や離散家族再会実現、オリンピックでの南北一緒の行進、さらに来年春の金正日氏の韓国訪問合意など、南北の統一をめざした和解が急速に進んでおり、誰にも止められない流れになっています。
 アメリカの朝鮮半島政策の基本は昨年出されたペリー報告でしょう。北朝鮮がけしからんと思ってもイラクのように爆撃することはできません。もし爆撃すれば逆にソウルへの報復があるからです。韓国は、アメリカと一緒になって北朝鮮に何かやれば自国が焼け野原になります。朝鮮戦争のように同じ民族同士で争いたくないと考えています。また、アメリカが推進する戦域ミサイル防衛(TMD)は配備しないとはっきり言っています。そういう意味では韓国の意思は非常にはっきりしています。南北朝鮮が和解と緊張緩和、統一の方向に進めば進むほど、韓国の駐留米軍はいらないという声が高まってくるでしょう。
 中国は、韓国と北朝鮮の双方との緊密な意志疎通を前提に、南北首脳会談の実現に重要な貢献をしました。六月の南北首脳会談の日程が決まった段階で「南北首脳会談を祝福する」、会談直後には「すばらしい成果だ」と自信に満ちたコメントを発表しています。
 それに比べると日本政府の比重は小さい。「評価する」と発言していますが、傍観者でしかないイメージです。北朝鮮に対しては、拉致疑惑を強調しすぎています。日本は朝鮮半島を三十六年間も植民地支配し、強制連行に関しては当時の内務省の記録に残っています。昭和十四年頃から日本国内の労働力が不足してきたので、徴用令により朝鮮半島から事実上強制連行してきました。日本国内での朝鮮人の人口が六十万から七十万人確実に増えたのはそのためです。さらに当時日本領であった南樺太にも朝鮮の人たちを労務者として連れて行きましたが、敗戦と同時に「日本国民ではない」と南樺太に約四万人も放置しました。いずれにしても戦争中に少なくても約七十万人の朝鮮の人々をひどい目にあわせています。それに比べて拉致疑惑を正常化交渉の前提にするという態度はあまりにもバランスが取れません。

アメリカのアジア戦略

 日本の政策は大筋においてアメリカ追随ですから、そのアメリカの政策について、再びよく考えてみる必要があります。冷戦後もアメリカのアジア政策は軍事力に大きく依存する「積極的関与」政策です。「米国にとって、アジア地域は最大の国益を保有している地域」という認識の下、一九九五年二月「東アジア・太平洋における米国の安全保障戦略」が打ち出されました。東アジアだけでなく、世界戦略上の重要拠点として日本を位置づけたものです。国防総省の影響力が強く反映した政策です。この政策は一九九六年四月の「日米安保共同宣言」に取り入れられました。
 アマコスト前駐日大使は、その著書「友か敵か」で「アジアの主要国と米国との間に、彼ら同士の関係を上回る良好な関係を醸成することをわれわれの指針とすべきである。そのためには積極的関与政策が必要になる。その意味で、われわれの日本との同盟関係は、日本だけでなく、他の主要国との関係においても、依然として価値を持ち続ける」と率直に述べています。つまり、アジアの国同士が不信感を持ち続ける状態がアメリカにとって望ましいというわけです。そのことが米軍駐留の前提になっています。アジア各国の相互信頼はむしろ望ましくないというアメリカのアジア政策の枠内に日本を含むアジア各国がいつまでも縛られるとすれば、それはまったく愚かなことではないでしょうか。
 今年六月に「アメリカ帝国への報復」という本が出ました。著者はカリフォルニア大学教授だったチャルマーズ・ジョンソン氏です。彼によると、現在のアメリカの大部分の対外政策を決め、それを実行しているのは米国防総省(ペンタゴン)であり、米国防総省は昔の日本の軍部と同じで、政府首脳の政策を無視して独走していると各地の事例をあげて説明しています。こういう状態が続けば世界各地で反発が起き、報復の形でアメリカ自身に跳ね返ってくると述べて、アメリカの現状を批判しています。そして、日本も米国防総省により動かされているとして、その危険性を指摘し、今の日本は冷戦時代の東ドイツと同じで、経済的に繁栄しているが政治的にはアメリカに従属していると主張しています。

明治以来の歴史を振り返る

 われわれ日本人は、明治以来の日本の軌跡をよく考えて、自己批判する必要があります。歴史認識というと、日本では、なぜ何度も謝罪しなければならないのかという感情的な議論になりがちです。そうではなくて、次の世代が今までの世代より賢くなるために歴史を考える必要があるのです。当然のことですが、個人の場合と同じで、反省や自己批判がなければ進歩はありません。
 日本は日清戦争(一八九四〜九五年)や日露戦争(一九〇四〜〇五年)に勝って自信過剰になりました。短期的には利益になったため、戦争をすると儲かるという観念が、軍人だけでなく国民一般の中にも広がりました。これに対して、勝海舟は日清戦争は大義名分がないと反対し、内村鑑三は朝鮮の独立のための戦争という大義を忘れて植民地主義をやっていると批判しました。しかし、こうした批判的な意見は少数で、日本はアジアに覇を唱え武力で抑えるという政策を推し進め、アジア各国のナショナリズムを刺激し、これにあえて武力で対決するという致命的錯誤をおかしたため、一九四五年のみじめな敗戦に至りました。
 降伏した日本国民は焦土の中で空腹に苦しみ、深刻に問題を考え、そこで確かに教訓を学びましたが、それは豊かで科学技術の発展したアメリカと戦争をしたから負けた。これは失敗だったという反省だけで、アジアのナショナリズムに戦略的に敗北したという自覚はなかったのではないでしょうか。そして一九五〇年の朝鮮戦争で、アメリカからのいわゆる「朝鮮特需」で日本経済が復興していきました。アメリカとの関係さえ良くしていれば経済的に繁栄していけるという考え方が広がりました。戦後の外交はアメリカ一辺倒になったといって決して過言ではありません。

真剣に考えなかったアジア

 アジアとの関わり合いをどうすべきかという真剣な思考がないまま現在に至っているのです。日本は日露戦争に勝ってから「大国」意識を持つようになりました。戦前戦中の教科書には、日本はアジアの盟主だと書いてありました。日本はアジアで一番偉いから、他の国は日本についてくるというわけです。その考え方で失敗したにもかかわらず、アジアの他国に対する優越感が今日に至るまで根強く残っています。伏見康治先生が「日本の進路」で、日本人が北朝鮮のテポドンに怒るのは、「あんな奴がミサイルあげるなんてけしからん、生意気だ」という心理があると指摘されているのは、そのとおりです。
 終戦五十年の村山首相の談話の発表の際に与党幹事長だった森喜朗現首相も、本年五月二十二日の衆議院で改めて「侵略戦争だった」とはっきり認める発言をしています。しかし、日本にはいまだに「侵略戦争」と言わず、過去の戦争を正当化する人たちがいます。
 戦後半世紀たって、いまだに日本は、アジアの国から過去のことを言われています。これは主として日本の「不徳」のいたすところです。いじめた方は忘れるけれど、いじめられた方は忘れないのです。
 現在の日中関係も必ずしも良好とは言えません。これには周辺事態法が障害になっています。日本政府は、中国の防衛政策は不透明だといいます。しかし、「周辺事態」ぐらい不透明な話はありません。周辺事態法によって「アメリカが台湾問題に軍事介入したら、日本も協力するのであろう」という不信感がもたれています。

これからも日米安保は必要か

 日本は「経済大国」であるのに尊敬されない。それは前述のように「不徳」のためであり、また外交政策で自主性がなく、アメリカに従属しているからでもあります。沖縄だけでなく、横須賀、厚木、横田など首都圏にも米軍基地がある日本は、本当に独立国なのか疑われて当然です。
 朝日新聞に評論家の加藤周一先生が、「冷戦後の選択」という文章を書かれていました。「冷戦後の世界で日本はどういう道を選ぶべきか。第一の道は、安保条約の枠を超えて日米軍事同盟を拡大し、強化する道。第二の道は、冷戦の最中に調印された安保条約を根本的に見直し、あらたに日米友好条約を作ること」。「日本にとっての選択は、親米でもなければ反米でもない。米国のどの政策に協力し、どの政策に協力しないかである」。昨年三月に書かれたものですが、私もまったく同感に存じます。
 通常戦力に関する限りすでに日本の防衛力は大きな規模になっています。近隣のアジア諸国との相互信頼関係があれば、日米安保がなくとも現在の自衛力で安全保障の大きな心配はありません。アメリカは膨大な軍事予算を確保するために、あちこちで緊張を持続させ、常に敵国をもっている必要があるようにみえます。しかし、日本には仮想敵国はまったく必要ありません。
 第一次世界大戦の頃、石橋湛山は東洋経済新報の社説で、帝国主義を排し、日本は小国主義でいこうと主張しました。読み返す価値があると思います。亡くなられた大山朝常先生は、沖縄は日本に従属するのではなく、独立した方が良かったと述べておられます。沖縄のことすら解決できない日本は到底、「大国」などといえません。「大国」になる必要もないと思います。中国とインドが、一九九八年にインドの核実験のあとであれだけ激しく相手を非難批判したのに、その後、お互いの立場を考えて半年くらいにすると、「大国」同士の対話を再開し、友好的交流に戻っている情況をみると、なおさらその感をふかくします。残念ながら、日本は「大国」とは波長が合わないのではないかと思います。
 いま日本がやるべきことは国連の安保常任理事国になろうとすることではなく、中国との相互信頼をかため、また日朝国交正常化の実現や朝鮮半島の緊張緩和と統一のために積極的に支援をすることです。日本はまず自分の足元をかためなければなりません。
 日米安保がある限り、沖縄をはじめ米軍基地はなくなりません。日米安保が憲法より上位にあるというのが現状です。いま憲法論議が流行になっていますが、一番の問題は憲法ではなく日米安保にあります。アジアでも冷戦が完全に解消し始めているという現実の情勢があるにもかかわらず、ほとんどの政党が日米安保に異議を唱えないのは不思議です。日米安保条約を終了させて日米友好条約におきかえればいいのです。日本が自主的な外交を展開し、アジアの中で信頼される国になる上で日米安保は障害になっています。「日米安保はいらない。米軍基地もいらない」という気持ちが遅かれ早かれ日本国内に広がっていくでしょう。これは日米の友好関係を永続的に安定させるためにも有益でしょう。(文責編集部)