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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2000年8月号
 

脱冷戦への突破口をあけた南北首脳会談
問われる日本の自主平和外交


北九州大学教授  前田 康博


 南北首脳会談の意義

 六月の金正日・朝鮮労働党総書記と金大中・韓国大統領による南北首脳会談は歴史的かつ画期的なものでした。
 第一の意義は分断された朝鮮民族が和解と民族統一へ大きく踏み出したことです。朝鮮民族は一九一〇年の日本による併合(植民地支配)で独立を奪われ、米ソ冷戦のもとで分断されました。「二十世紀に起きたことは二十世紀のうちに解決しよう」という両首脳の強い意志が、二十世紀最後の年に会談を実現させたと思います。
 今回の南北首脳会談の「共同宣言」は、われわれが予想したよりはるかに具体的で実践的な内容だと思います。「自主的統一」のため南北統一案の共通性を認め合ったり、連邦制や連合制まで具体的に踏み込んでいます。民族統一という悲願達成までには様々な課題がありますが、分断に終止符を打つための大きな一歩だと思います。金正日総書記が適切な時期にソウルを訪問すれば、さらに大きく歴史の歯車が動くことになります。
 もう一つは、東アジアの脱冷戦へ突破口をあけたことです。一九八九年にマルタ島で、米ソの冷戦終結の宣言が行われました。ソ連邦や東欧の激変、あるいは東西ドイツの統一などヨーロッパでは大きな動きがあるのに、なぜ東アジアの一角だけは冷戦状態なのか、という思いがアジアの人々に強かった。しかし今回の南北首脳会談は、アジアの人々の手で脱冷戦の突破口をあけました。冷戦によって分断された朝鮮民族の当事者が対面し、冷戦体制と思考を変えていこうとする画期的、歴史的な出来事だと思います。
 米ソ冷戦終結後は唯一の超大国として世界を支配し、東アジアで冷戦状態を継続しようとするアメリカの論理に対して、犠牲者である朝鮮半島の当事者自身がそれに挑戦した最初の動きだと思います。ですから、朝鮮半島の和解と統一への動きというだけでなく、東アジアの脱冷戦に朝鮮民族が着手したといえます。
 アメリカや日本は、南北首脳会談前にも、韓国の金大中政権に対して、冷戦時代の米日韓の連携を強調しました。これは冷戦思考に基づく対決路線であり、すべてを軍事力で解決しようという思考です。ところが、金大中大統領は米日韓軍事同盟の枠をこえて東アジアにおける真の脱冷戦時代をめざした。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日総書記は、米国とは朝鮮戦争以来の交戦国関係にありますから一日も早く脱冷戦体制を構築したい。そういう二人の思いが一つになって南北首脳会談が実現したといえます。

 脱冷戦の衝撃波

 朝鮮の和解と統一への動きは、朝鮮民族の運命にとどまらず、中国やロシア、日本やアメリカをも含む、東アジアの情勢の激変につながるものだと思います。ロシアや中国の動きは積極的です。それに対してアメリカは、クリントン政権の最後の年であり、政策を変えない期間に入りました。新しく誕生した森政権もクリントン政権に同調するだけです。アメリカの新しい指導者が誕生して、新しい東アジア戦略を打ち出すまで日本は動かないという極めて対米従属的な状況が続いています。
 その結果、日本は東アジアの脱冷戦、二十一世紀の秩序を築く上でバスに乗り遅れつつあるといえます。とくに沖縄サミットで、二十一世紀に向けて日本は東アジアの脱冷戦宣言を行うチャンスでしたが、絶好の機会に沈黙しました。逆に米軍の東アジアにおけるプレゼンス、在日米軍基地維持を再保証する挙に出ました。クリントンに言い訳と強弁の場を与えただけです。「南北首脳会談を歓迎する」という発言は口先だけで、これに呼応する政策が日本にはまったくないことを露呈しました。
 南北首脳会談の衝撃波は、軍事大国か、平和国家かという日本の将来の選択を迫るものです。アメリカの東アジア戦略にそって軍事大国化へ踏み出した日本の政策や外交が、すべて崩れる可能性があります。冷戦を抜けだし、平和国家への転換が必要ですが、日本の政財官はその方向に舵を切り換えることに抵抗しています。
 戦後の日本に対米従属の交渉はあっても、自主外交はありません。冷戦時代に日本はアメリカの核の傘で安穏と暮らしてきました。日本政府はアメリカに従属し、冷戦状態を固定化するアメリカの戦略に追随してきました。独立自主の外交をするという概念が欠如した国家です。まして未国交の北朝鮮との関係を日本の歴代政権は自主的な判断で解決しようと考えたことがありません。金大中大統領や金正日総書記の何分の一かの勇気と決断力があり、日本の首相か外相が平壌に行けば、ほとんど解決します。しかし、日本にはそういうリーダーシップを発揮する政治家・指導者がいません。日本は、五十五年前に自立性を失い、対米従属が染みついてしまったといえます。
 南北首脳会談の結果、まず始まるのは在韓米軍をはじめとした米国の軍事力を中心としたプレゼンスの問題です。米国の存在感が次第に希薄になりつつあります。私は六月に沖縄に行きましたが、南北首脳会談の成功に、沖縄の人たちは心から喜び共感していました。もしかしたら冷戦状態が凍結されたままの沖縄の運命が変わるのではないかと感じています。
 南北首脳会談の成功によって、沖縄や韓国で米軍の撤退を要求する動きが強まっています。それなくしては朝鮮の独立も、沖縄の平和もないという共通項があります。アメリカとの共存・共栄は否定しないが、軍事力に頼らない、米軍のいない平和を求めています。
 一番慌てているのがアメリカであり、それに追随しているのが日本政府です。具体的には、在韓米軍、沖縄を中心とする在日米軍が次第に縮小・撤退する方向に向かうことを必死に食い止めようとしています。
 仮想敵国が次々消え、北朝鮮も日本にとって脅威でないとなると、危機的な財政赤字の中で莫大な軍事支出をする根拠がなくなります。架空の作文で国民を脅し、架空の有事に備えさせる周辺事態法もまったく根拠のないものになります。軍事大国から平和国家への舵の切り換えを迫られることになります。
 南北首脳会談の衝撃波は、太平洋をこえアメリカの議会や保守派にも津波となって伝わっています。アメリカの保守派、軍需工場の資本家、それらに連なる政治家が非常に混乱してクリントンを突き上げています。二十一世紀もアメリカは仮想敵国を必要とする国家であり続けるのか、そうでないのかということを朝鮮民族は突きつけています。

 日朝国交正常化を

 南北首脳会談の方向を推進し、日朝国交正常化を実現することこそが日本の民衆の利益につながります。仮想敵がなくなれば、巨大な軍事費支出は不必要になります。ところが荒唐無稽で、根拠のない北朝鮮脅威論が繰り返されています。民衆がもっと目覚めて、軍事費を支出させないよう世論を高める必要があります。
 アメリカの戦略に追随する日米安保・冷戦体制によって、米軍基地の重圧や膨大な軍事費支出など日本の民衆の利益(民益)は何十年も踏みにじられてきました。膨大な軍事費など日本民衆が冷戦時代に失ってきたお金に比べれば、平和のため北朝鮮に対する賠償額や食糧支援などは微々たるものです。南北首脳会談の前に食糧支援をしていれば、世界的にも大きな評価を得たと思います。すでに北朝鮮は中国やロシアとの関係を改善しています。韓国やアメリカからも支援物資がくるという状況になっています。南北首脳会談前に日朝交渉の道筋をつけるべきでした。
 アメリカは新しい大統領、政権が決まれば新しい政策で走り出します。南北朝鮮、中国、ロシアも含めて脱冷戦というバスに乗って走りだしているのに日本だけが孤立しています。しかも日本は自ら蚊帳の外に出て孤立の道を歩んでいるのです。
 金大中大統領は森首相に何度も日朝関係の改善を要請しています。これまでの韓国の歴代軍事政権は、「韓国の立場を不利にするので、日本には北朝鮮との関係を改善しないで欲しい」と主張してきました。日本は冷戦思考の対韓配慮を口実にして、日朝正常化を逃げてきました。しかし金大中大統領は、「日朝関係の改善は南北対話を促進する。ぜひ日朝関係を改善してほしい。日本が北を経済的に支援することは韓国にとってもよいことだ」と発言しています。脱冷戦思考です。また金正日総書記は、南北首脳会談で金大中大統領に「年内にも米国と日本との関係を改善したい。金大中大統領の協力をお願いしたい」と発言しています。そのことを金大中大統領は森首相にはっきり伝えています。こうしたメッセージを日本政府はいつまで無視しつづけるのでしょうか。
 四月に再開した日朝交渉を直前に中断させたのは日本側です。日本は、国交正常化の議題になじまないミサイル問題や日本人行方不明者(拉致疑惑)問題を持ちだして交渉を中断に追い込みました。意図的なサボタージュだと思います。韓国が北朝鮮と仲良くなってもアメリカが北朝鮮を敵と見なす間は北朝鮮は日本の敵だという単純な図式に凝り固まっています。日本は植民地支配など過去の謝罪と清算に誠実に対応して、一日も早く国交正常化を実現する必要があります。
 南北首脳会談に前後して行われた日本の総選挙でも、この問題がまったく争点になりませんでした。日本を含む東アジアの平和にとってこれほど重要な問題が国政選挙の争点にならない。政治を変える上で選挙が大事だと言われますが、日本では外交政策が選挙の争点にならないのは何故なのか考え直す必要があります。
 日本の民衆が政府の対米追随の外交を批判し、自主平和外交を求める世論を起こす必要があります。民衆の声を代弁し世論を喚起すべきマスメディアが、日本では政府から自立していません。逆に政財官と癒着した状態にあります。自立した言論があれば、対米従属で自主性のない外交がこれほど長期に続くことはありません。
 南北首脳会談について、基地の重圧で苦しんできた沖縄の人たちは敏感に反応しました。しかし、朝鮮半島の問題にも米軍基地の問題にも鈍感な日本の国民も多数存在するのが現実です。そういう人たちを啓蒙するのが言論の役割なのに、逆に、在韓米軍撤退論が出てくるとアメリカが困りますよという論調がある。民衆の立場で報道する視点が欠けています。
 石原発言、森首相の「神の国」発言の背景にはアジアに対する蔑視、思い上がりがあります。日本の政財官には民衆よりはるかに権威主義、民族差別・排外主義の考え方が根強くあります。それが日本と朝鮮半島が真の意味で和解し、友好関係になれない原因となっています。ところが、沖縄の人たちにはそういう思い上がりがなく、水平な目線で朝鮮半島を見ています。分断の痛みや米軍の重圧など共通の思いがあるからだと思います。日本国民、若い世代の中にも思い上がりの意識があります。そういう意識を心から取り除かないとアジアで共生することはできません。
 日本の少子高齢化は急速に進み、近い将来には日本の生産人口は急減し、生産人口を他国の移民で支えざるをえない時代が迫っています。そうなると、アジア諸国の動向に無関心ではやっていけなくなります。アジアの一員として、アジアの人々と共存、共生する姿勢がなければ日本社会が成り立たない時代になっています。南北首脳会談は、そういう時代の予兆です。
 南北首脳会談の実現は東アジア情勢を激変させ、二十一世紀の日本の新しい生き方を問いかけています。日本は冷戦思考から抜け出し、一日も早く日朝国交正常化を実現すべきです。そのために国民は自主・平和の日本をめざす行動が必要です。
(文責編集部)