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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』1999年5月号

目前に迫ったWTOの農業交渉

求められる日本の基本理念

東海大学教授 山地進


 世界貿易機関(WTO)における農業協定の次期交渉が、本年、まだ準備段階であるのに、気分としてはすでに本格交渉に入った感じさえするほどの情勢になっている。
 農業協定の実施期間は、1995年から2000年までの6年間となっており、その後については、実施期間満了の1年前から、農業分野における改革の過程の継続に関する交渉を開始する、と決められている。
 終了の1年前ということゆえ、実際的には本年から交渉を始めればいいわけだが、関税・貿易交渉には、その準備過程における方向付けが交渉の中味に微妙な影響を与えるだけに、機会をとらえては巧みにけん制策を繰り出す。
 昨年秋のAPEC(アジア・太平洋経済協力会議)での米国の対日林産物・水産物の関税撤廃要求なども、次期交渉をにらんだ米政府なりの布石であった。
 APEC終了直後から始まったわが国のコメ関税化移行への一連の動きも、次期交渉において重荷になるような事柄を、一つでも少なくしておきたいという点にあった。
 もちろん、関税化に当たっては、ミスマム・アクセス米、つまり最低義務輸入量の年々の増加率を、0・8%から0・4%に半減できる規定を生かしたいという動機もあった。
 また、現行協定下である限り、二次関税の決定は、付属書の規定通り、86〜88年の間の内外価格差(輸入実績と国内の代表的な卸売価格の差額)の平均を、関係国と話し合わずに決定できる。そういう背景もあった。
 だが、もう一つ、最大のねらいは、次期交渉に臨む際のわが国のポジションを、できるだけ好ましい状態にもっていくには、特別措置の適用を脱して、フリーな状態になり、欧州連合(EU)などとの連携を有利に運べるようにしておきたいという点にあった。
 ウルグアイ・ラウンド(UR)で特別措置の適用を受けたのは、韓国とフィリピンのコメと、イスラエルの羊肉、チーズ、脱脂粉乳だけであった。このうち韓国とフィリピンの場合は途上国としての特例措置で、イスラエルの場合も、特例措置こそ先進国の規定適用でわが国と同じだが、特例措置以外の品目は途上国扱いであった。
 実質的に、先進国で特例措置の適用を受けているのはわが国だけといえる状態だったわけで、ミニマム・アクセスの数量が国内消費量の「3%→5%」(実施期間の始期と終期)から、4%→8%となったのには、多少とも懲罰的な意味があったといえよう。
 そういうものを抱えていて、次期交渉で有利なポジションなど得られるわけがない。しかも、実施期間終了後、7年目以降も特例措置を継続する場合は、「追加的かつ受け入れ可能な譲許を与えなければならない」と規定されている。
 「受け入れ可能」の文言については、「双方にとって受け入れ可能」という解釈もできないこともないが、その前の「追加的」となると、これは義務輸入量が国内消費量の「8%以上」となることを意味するとしかいえない。
 たまたま、ここ2、3年は北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)やインドネシアへの食料援助という需要があって、ある程度さばけたが、恒常的に期待できるわけではなく、たえず国内需要の不安定要因とならざるを得ない。まして、8%以上どこまで増えるか分からないとなると、これは、いずれ悪性の腫瘍に転化する可能性があるといっても決して過言ではない。
 幸運にも、86年〜88年の間の平均内外価格差、キロ当たり(精米)402円から、協定通りの削減率(6年間で15%)で均等に下げていくと、99年で351円、2000年で341円となるが、これだと輸入米はキロ当たり400〜450円となり、国内産の上位銘柄米300〜350円を相当上回り、対応にしばらく時間をかせぐことができる。
 わが国は、以上のような関税化移行措置を終えて、WTOの次期交渉に臨む。交渉全体については5月に四極貿易大臣会合(日、米、加、EU)、OECD(経済協力開発機構)の閣僚理事会、6月に先進諸国首脳会議(サミット)があり、同じころバンクーバーで5ヶ国農相会合が開かれる。
 APECも、今年は貿易大臣会合を9月に繰り上げて開く。そして、夏休み明けのその時期から、11月末のWTO第3回閣僚会合(シアトル)に向けて、閣僚宣言案の起草にとりかかる。
 URの例からみても、わが国としてはこのWTO閣僚宣言に対して、できるだけ自国の主張を盛り込んでおきたい。
 そのために重要なことは、わが国として不満と考えていることは何かをはっきりさせ、それと同じ考え方をもつ国と連携をとって、仲間を増やしていくことである。
 戦後の日本外交は、ていよくいえば国連中心主義だが、実態は米国追随でなければ、欧米追随であり、その中にあって小さな一極として独自性を発揮するという風も乏しかった。第二次大戦後、日本の置かれてきた立場の反映でもあったが、とにかくある考え方を積極的に提示し、仲間とともにそれを実現するという経験は、まずほとんどない。
 その点、次期交渉ではどうか。URの時は、韓国と提携して、農業協定の交渉の際、結果はともかく、関税化の特別措置を儲けさせるなど、アジアの零細な水田農業の立場からの発言を強めることに成功した。次期交渉でも、それはUR以上に期待できよう。
 UR時との大きな違いは、EUと農業関係でも連携プレーをしていく可能性が出てきたことである。EUは農産物の輸出国だが、同時に輸入国でもあり、農政面でも農業の多面的機能を重視している関係で、わが国との提携に積極的である。人口、市場規模、政治・経済の発言力などで、米国に比肩ないし、それ以上のパワーを有するだけに、わが国としても信頼できるパートナーとして関係を育てていく必要があろう。
 中国のWTO加盟も朱鎔基首相の訪米を機に、99年内の実現に現実味が出てきた。そうなれば、わが国とは先進国と途上国の違いはあるとしても、「食料貿易」についておそらく新しい知見が導入され、中国との提携関係の強化は、わが国の主張にも好影響を与える可能性がある。
 では、わが国は次期交渉で、どういう考え方を盛り込もうとしているか。4月下旬の段階では、政府・与党間でまとまった合意事項は、まだ抽象的だが、それでも基本的な理念ということでは、次の三点が浮き彫りにされている。
 第一は、WTOの農業協定は、農業の多面的機能や食料安全保障の重要性、国内農業政策の円滑な実施に配慮したものであること。第二は、輸出国と輸入国の間の権利義務のバランスの確保。第三は、各国の農業が共存できる国際規律をもったものであるべき、というものである。
 その他、多々あるが、JA組織が言っているように、各国はそれぞれ「食料主権」をもち、自分たちの自給率は自分たちで決められるようにすべきだという考え方にも、私は注目している。
 私個人としては、協定に食料自給率5割条項を設け、熱量自給率が5割未満の国に、関税その他で当該国の考え方を尊重するということにしたらどうかと提案したいと考えている。