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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』1999年2月号

労働者の生活と利用者の安全を脅かす

無謀なタクシーの規制緩和

全国自動車労働組合連合会書記次長 長田 寿夫


 規制緩和という言葉が流行言葉になり、規制緩和なくして日本の再生はないなどと言われています。活力ある経済のためには、自己責任と市場競争の原理に基づき、参入規制や価格規制を緩和あるいは撤廃して自由化することが必要だと強調されています。真に国民経済の発展と国民生活の向上につながるものなら否定しませんが、弱肉強食となったり、人権、健康、雇用、安全、環境などが破壊されるような規制緩和は容認できません。ルールのない社会はありません。市場万能論、規制緩和万能論は間違っています。タクシー業界でいえば、世界一安全だと言われる日本のタクシーのシステムは残すべきです。公共交通の一翼を担うタクシー部門での無謀な規制緩和は、公共交通の破壊であり利用者である国民の利益に反することにつながります。

 公共交通として必要な規制

 鉄道、バス、タクシー、トラック、航空、海運、港湾などの交通運輸産業は国民生活に不可欠です。公共交通としての社会的責務を果たすため各種規制は必要です。
 タクシーも、「いつでも、どこでも、誰でもが安心して利用できる」ものとして地域に密着した公共交通の役割を担っています。昭和33年(1958年)には「神風タクシー」と呼ばれる状況があり、大きな社会問題となりました。野放し営業でマナーの悪いタクシー運転手もいました。それを改善するため労働者(労働組合)、事業者、行政が努力し、日本のタクシーは安全とサービスの良さで世界的にも高い評価を受けるようになりました。
 その裏付けとして規制があります。大きな柱は需給及び参入規制と運賃・価格規制の二つです。
 需給調整規制とは、需要が多ければタクシーを増車し、需要が少なければ減車するという仕組みです。タクシー台数が少ないときは増車が必要です。逆に不況などで利用者が少ないときは減車が必要なんです。運輸省が地域(事業区域)ごとに適正台数を算定して需給調整を行います。
 タクシー事業は免許制になっています。安全やサービス、労働者の労働条件を軽視するような悪質な事業者を排除し、公共交通としての役割を果たすためです。安全やサービスなどをきちんと保障するためには一定の経営規模が必要で、日本のタクシーは法人を主体とした経営です。個人タクシーは永年勤続の優良運転者に対する処遇として始まったもので、基本的には法人経営が主体です。
 運賃・価格規制は、公共交通として利用者に分かりやすく公平な同一地域・同一運賃です。手をあげて止めたタクシーの運賃がバラバラでは利用者は安心してタクシーに乗れません。具体的には事業者ごとに申請しますが、運輸省が総括原価方式で適正運賃を算定しています。
 そのほかに、事業区域規制や最低車両台数規制があります。
 いずれも公共交通の役割を担うため、労働組合、事業者、行政が努力して築き上げたシステムです。

 無謀な規制緩和

 規制緩和が本格的になったのは1992、93年頃です。当時、アメリカから規制緩和の圧力が高まる中で、政府あげて規制緩和策が次々と打ち出されました。
 93年の臨時行政改革推進審議会や経済改革研究会(平岩研究会)が、規制緩和について「経済規制は原則自由・例外規制を基本とし、社会的規制は自己責任を原則として最小限規制に」という報告を提出。94年決定した「行革大綱」に基づき、95年度から「規制緩和推進5カ年計画」を閣議決定。4月に行政改革委員会の下部機関として「規制緩和小委員会」が設置され、規制緩和の実施状況の監視のための調査や検討が開始されました。
 タクシー関係では、1993年5月、運輸政策審議会(運政審)の地域交通部会が「今後のタクシー行政のあり方」についての答申の中で「価格規制、参入規制について弾力化・多様化を図る」という方針を打ち出しました。そして、1996年12月、行政改革委員会が、運輸事業の需給調整規制の全面廃止を打ち出したことで、運輸省は2001年度からタクシー事業の「需給調整規制を廃止し、参入は免許制から許可制に、運賃は上限価格制に移行する」という方針を打ち出し、段階的に規制緩和を進めています。
 具体的には、需給調整の弾力化という観点から、需要と供給の関係で算定された必要な車両数に一定割合(10%とか20%)を上乗せした車両数の増車を認めました。その際、新規免許事業者の参入を容易にしました。事業区域規制については、3年以内に事業区域を半減させるとして事業区域の拡大統合を進めました。一法人の最低保有車両数規制については、東京で60両となっている車両数を十両に縮減しました。
 また、同一地域・同一運賃制は崩れました。地域ごとの平均原価に基づいて算定された上限値と、上限値の10%引きの下限値の間であれば、事業者が申請した運賃を自動的に認可するということで同一地域で複数運賃となりました。

 安全と労働者を犠牲にする実態

 結果はわれわれが指摘した通りの現実が進んでいます。
 バブルが崩壊し長期不況が続いているわけですから、減車すべきなのに逆に増車しました。明らかな供給過剰で、駅周辺では何十台もの客待ちタクシーが滞留しています。社会問題になりつつあります。
 供給過剰な上に、同一地域・同一運賃制が崩れたため、過当競争が激化し、労働者へのしわ寄せが一段と強まりました。タクシーは営業収入に占める人件費の比率が約80%という典型的な労働集約産業です。規制緩和によって市場競争、高い生産性を求めれば、労働者の賃金や労働条件を配慮し安全にコストをかける企業より、労働者に高いノルマをかけ、リースやオール歩合賃金で長時間労働を強いる企業が「効率的で生産性の高い」企業として生き残ることになります。
 タクシーの労働者は、昔から長時間労働で、しかも他の産業に比べて極めて低賃金です。全産業男子労働者の年間所得より170万円も低い水準(1997年)にあり、また労働時間は年間で200時間以上も長いのが実態です。その上、規制緩和の過当競争で、長時間労働を強いられ賃金は下がる一方です。東京や大阪では、15年前の営業収入まで落ち込んでいます。タクシー労働者の収入が生活保護レベルまで落ちている地方もあります。賃金が下がり続けて生活が苦しくなったり、住宅ローンの支払いができなくなったなど深刻です。全自交の組合のない東京のある大手タクシー会社では自殺者が相次いでいます。
 他産業でリストラになった人たちがタクシー産業に入ってきますが、その多くが短期間にやめてしまいます。つらい、きつい、収入が少ないからです。慣れない長時間労働で、地理が分からない、サービスが悪くなる、事故の多発などが起こります。規制緩和の中で97年には死亡事故が30%も激動しました。
 低運賃で話題になった京都のMKタクシー。MKの動きによって京都のタクシー全体が活性化して顧客が増えたのかどうか。ぜんぜん良くなっていません。MKのサービスの中には見習うべきこともありますが、京都はあれほどの観光地でありながら、周辺の地域と比べて労働条件は悪い。それは企業に有利なリース制で、低賃金など労働者の労働条件は過酷です。したがって他社と比べて死亡事故が極めて高いんです。
 公共交通での低賃金、長時間労働など労働条件の悪化は、利用者の安全に直結する重要な問題です。改善すべき点はあると思いますが、需給調整と同一地域同一運賃という二つの規制は利用者から見ても、全国40万のハイタク労働者から見ても堅持すべきです。

 欧米の規制緩和の経験

 規制緩和の流れはアメリカが出発点で、70年代の航空自由化でした。新規参入推進と運賃自由化という規制緩和で、航空業界は活性化し利用者の利便性が図られるということでした。一時的にはたくさんの新規参入があり運賃も下がりましたが、際限のない過当競争の中で、逆に大手数社の寡占化が進み、利益の上がらないローカル路線の切り捨て、事故の多発、航空労働者の労働条件の大幅低下などという結果となりました。
 タクシーの規制緩和も、ヨーロッパ、アメリカ、ニュージーランドで、失敗しました。スウェーデンでは、規制緩和であっという間にタクシー産業は崩壊し、猛烈な過当競争の結果、不正運賃の激増、悪質運転者の横行ほか、利用者の利便性を低下させ、タクシーの労働者には低賃金と長時間労働など過酷な労働条件を強い、事故の増加など大混乱したので再規制しています。現在、アメリカ、フランス、ドイツ、イギリスなどの先進諸国の主要都市は、免許制と認可制を堅持しています。それにもかかわらず、日本だけが利用者の安全とタクシー労働者の生存権を脅かしてまで規制緩和を強行するりは無謀としか言いようがありません。

 国民生活破壊の規制緩和反対

 連合内部でも、無謀な規制緩和の実態が明らかになるにつれ、「市場は万能ではない」(鷲尾会長)などという意見が強まりつつあります。労働者、国民の生活を破壊したり影響を与える規制緩和が進めば、労働者の賃金は下がり購買力が下がり、国内総生産の6割以上を占める個人消費が落ち込むのは当然です。規制緩和を進めたアメリカ社会で景気がいいのは株や金融などの産業だけ、それもバブルです。規制緩和、市場原理の中でアメリカ社会の貧富の差はさらに拡大しています。
 タクシーの規制緩和がいかに無謀であるか、多くの国民のみなさんに理解いただきながら、阻止するために頑張りたいと思います。
 さらに、よりよいタクシー事業をどう作っていくか、私たちは提案しています。一つはそれぞれの地域におけるバスとタクシー事業政策の立案、免許・許認可基準の策定、需給基準の策定などを行うために、事業者、労働者、利用者の代表および学識経験者、地方公共団体等で構成する機関を各都道府県に設置する。二つ目は、タクシー事業適正化実施機関(仮称)を各都道府県に設置して、バスやタクシー事業のサービス向上と良質な労働力を確保するために必要な事業を実施する、そのための法的措置を講じる。各自治体レベルでそういう機関ができればと考えています。自分たちの自治体のバスやタクシーなどの公共交通について、各自治体が中心になって調整する。それこそ地方分権だと思います。
 安心して働ける賃金や労働条件が確保されなければ、長期的に見て利用者にとっても安全やサービスは確保されません。いずれにしても世界一安全といわれてきた日本のタクシーシステムを無謀な規制緩和で破壊することは許せません。

  (文責編集部)